四字熟語根掘り葉掘り24:「冷汗三斗」の出自をたどる

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)
「冷汗三斗(れいかんさんと)」という四字熟語を、ご存じでしょうか? 「斗」とは、昔の容積の単位で、日本の3斗は約54リットル。冷たい汗がそんなにも大量に流れ出るところから、〈とても恥ずかしい思いをする〉ことや〈とても恐ろしい思いをする〉ことを表します。
私がこのことばに初めて出会ったのは、高校時代に、太宰治の『人間失格』を読んだときのこと。冷や汗が54リットルなんて、いくらなんでも大げさ!いかにも太宰らしい表現で、太宰が創った四字熟語かと思っていました。
ところが、辞書編集の仕事をするようになってから調べてみると、遅くとも大正時代から、使用例があります。大げさな表現を好むのは、なにも太宰治に始まったことではなかったんですねえ……。
ところで、この四字熟語について気になるのは、どうして「三斗」なのか、ということです。大量であることを表したいだけならば、別に「三斗」でなくてもよいはず。何かいわれがあるのでしょうか?
そう思っていろいろと調べてみたのですが、中国の古典にも、日本の古典にも、典拠となるような表現は見当たりません。ただ、大正から昭和の初めにかけての文献に、「冷水三斗(れいすいさんと)」という四字熟語が少なからず用いられているのを見つけました。
このことばは、冷たい水を大量に浴びせられるところから、〈熱が急に冷める〉ことや〈急に我に返って冷静になる〉ことのたとえとして使われます。そして、さらに調べを進めてみると、同じころの文章には、数は少ないのですが「冷水一斗(れいすいいっと)」という表現も見られるのです。
この2つは、おそらく、「冷や水を浴びせる」という慣用句から生まれた四字熟語なのでしょう。その冷や水の量の多さを具体的に示しておもしろみを持たせたのが「冷水一斗」で、それをさらに大げさにしたのが「冷水三斗」なのでしょう。
「冷汗」については、「一斗」のバージョンは未発見です。とすれば、まずは「冷水一斗」が生まれ、「冷水三斗」にパワーアップしたのち、続いて「冷汗三斗」が派生した、という事情だったかと想像されます。
「冷汗三斗」は、現在の日本語でもそれなりに使われますが、「冷水三斗」はほとんど用いられません。〈冷静になる〉という感情の低まりよりも、〈とても恥ずかしいをする〉とか〈とても怖い思いをする〉という感情の高ぶりの方が、四字熟語という表現形式にはなじみやすいということでしょうか。ちょっとおもしろい現象です。
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≪著者紹介≫
円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。
また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。
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