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四字熟語根掘り葉掘り26:「紅灯緑酒」と陶淵明の頭巾
2018.12.25
クリスマスの彩りの定番といえば、緑と赤の組み合わせ。これは、ヨーロッパでクリスマスの飾り付けに使われる、セイヨウヒイラギの葉と実の色に由来しているのだとか。その背景には、緑と赤という色がいわゆる補色の関係にあって、お互いによく引き立て合うという事実があるのでしょう。
実際、四字熟語の中にも、この2色の関係を効果的に用いたものがあります。その1つが、「紅灯緑酒(こうとうりょくしゅ)」。文字通りには、〈赤く華やかな灯火と、緑色に澄んだ上等なお酒〉という意味ですが、〈華やかな宴会〉のたとえとして用いられます。
ここで気になるのは、「緑酒」という表現。お酒の色には、日本酒のように透明だったり、ビールのように黄金色だったり、ワインのように赤紫だったりといろいろありますが、はたして、緑色のお酒というのは、実在するのでしょうか?
「紅灯」と「緑酒」をペアにした表現は、私が調べた範囲では、12世紀ごろの中国の詩で用いられているのが、最も古い使用例です。ただ、「緑酒」はもっと古くからあることばで、4〜5世紀の中国の詩人、陶淵明(とうえんめい)が使ったことが知られています。
陶淵明といえば、わずらわしい宮仕えに嫌気が差して、故郷に帰って悠々と暮らした大詩人。緑色がかったお酒が実在したのかはともかく、「緑酒」とは、実際の色合いというよりは、大の酒好きとしても知られるこの詩人の鋭敏な感性が見出した、澄んだお酒の美しさの描写なのでしょう。
ところで、漢和辞典には、「緑」と形も音読みもよく似た、「淥(ろく)」という漢字が載っています。意味は、〈水などを漉(こ)して、ゴミなどを取り除く〉こと。つまり、「淥酒」とは〈漉したお酒〉であり、その汚れのない澄んだようすを、陶淵明は「緑」という色彩に託して表現したのではないでしょうか。
ここで思い出すのは、陶淵明のあるエピソード。自分でもお酒を造っていた彼のところへ、町のお偉いさんが訪ねてきたことがありました。折しも、新酒が出来上がりつつあるところ。陶淵明は、お偉いさんのことなどそっちのけで、自分がかぶっている頭巾でそれを漉し、漉し終わるとまたその頭巾をかぶって平気でいたそうです。「緑酒=淥酒」という表現は、陶淵明のそんな飾らない日常生活から生み出されたものなのかもしれません。
この頭巾の話は有名で、だからでしょうか、後世の人が描いた肖像画の陶淵明の頭は、たいてい頭巾ですっぽりと覆われています。サンタクロースの帽子の色とまではいかなくても、陶淵明のこの頭巾も赤みがかっていて、「緑酒」とよく照り映えたのではないか、などと想像してしまうのでした。
この連載を始めて、1年が経ちました。いつもお読みくださっているみなさま、ありがとうございます。よい年をお迎えください。
<参考リンク>
漢字ペディアで「紅灯緑酒」を調べよう。
<著者紹介>
円満字二郎(えんまんじ じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。
また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。
ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
<記事画像>
陶淵明像(『歴代古人像賛』より)
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