新聞漢字あれこれ9 紙面で見つけた幸運の名前?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
新しい年を迎えました。初詣でおみくじを引いた方も多いかと思います。おみくじと言えば「吉」と「凶」の字がまず思い浮かびますが、やはり運勢の良さそうな「吉」が出るほうがうれしいですよね。今回は新聞で見つけた「吉」の名前の話です。
おみくじで大吉が出ると、何だかこの1年は良いことがありそうな気がしてきます。それと同じく、新聞を読んでいるとまさに幸運がやってくるような名前を見ることがあります。ずばり「大吉」という姓もあれば、「大吉」という名前の人もいます。大きな「吉」がある一方で、「吉」が複数ある名前の人もいました。
数年前の叙勲記事で見た「喆」という名前。「喆」は「哲」の異体字で、新聞では固有名詞でも「哲」と置き換えることがあります。ただ、この方は「てつ」ではなく「にきち」と読ませるようで、単純に「哲」と置き換えては、その意味が表せません。「吉+吉」で「喆」。「吉」が2倍になるようにとの願いが込められているのでしょうか。このめでたそうな「喆」ですが、現在は常用漢字でも人名用漢字でもないため、残念ながら命名に使えなくなっています。
「にきち」もいれば「さんきち」もいます。「三吉(みよし)」という姓の方もいれば「三吉(さんきち)」という名前も。昨年、企業人事の記事で見つけたのが三吉吉三さん。字の並びにも驚かされましたが、吉が6倍ということでしょうか。縁起の良さそうな大変印象深いお名前で、何だかこちらもうれしい気分になってきました。
ほかに紙面で見つけた「さんきち」は、中国の寧吉喆・国家統計局長。こちらは「吉」が3つ並んでいます。中国でも「吉」が多いほうがいいということなのでしょう。陳力衛・成城大学教授によると「喆」は意味も発音も良く、男性の名前によく使われるといいます。中国では「文化大革命以降、氏名の字の重なりもはやっている」(陳教授)らしく、陳教授には呂品晶さん、黄金鑫さんという知人がいるとか。呂品晶さんの場合、「呂」の簡体字が「吕」なので、口が11個も並ぶというわけです。黄金鑫さんに至っては、見ただけで金運に恵まれそうな感じがしてきますね。どちらも縦書きにすると左右対称の形になるのは偶然でしょうか。
早稲田大学の笹原宏之教授の著書『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』(三省堂)によれば、中国で会社名や人名に「鑫」の字が多く使われるのは、お金がもうかることを願ってのことだそうです。確かに新聞でも、中国関係の記事で、易鑫集団(自動車販売サイト)、高鑫零售(スーパーマーケット)といった「鑫」を使った企業名などを見る機会が増えてきました。スポーツ面で、林鈺鑫というアマチュアゴルファーの名前を見た時は「プロに転向したら賞金王になるのではないか」などと思ったものです。
最後は「吉」の話から脱線して、金運の話になってしまいました。何はともあれ、このコラムを読んでくださる皆さんの1年が「吉」でありますように。
≪参考資料≫
小林肇「体験学 新聞から言葉を採集する②」日本経済新聞夕刊、2016年12月13日付
笹原宏之『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』三省堂、2011年
ラヂオプレス編『中国組織別人名簿 2018年版』ジェイピーエムコーポレーション、2018年
≪参考リンク≫
≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社編集局記事審査部次長
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。人材教育事業局研修・解説委員などを経て現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。
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pearlinheart / PIXTA(ピクスタ)