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あつじ所長の漢字漫談44 蒲

2019.01.04

あつじ所長の漢字漫談44 蒲

 年を重ねるにつれて、お正月の風景にどことなくもの足りなさを感じるようになりました。年寄りの繰り言ですが、私たちが子供のころは戸外で凧揚げしたり、コマ回しや羽根つきに興じたりする元気な子供たちがたくさんいました。また昔の正月は、わんぱく小僧たちが朝からかんしゃく玉や「2B弾」という小型爆竹を鳴らしたりして、それはそれはにぎやかなものでした。でも朝から夜までたくさんのクルマが行き交ういまの都会には、のんびりとコマ回しや羽根つきができる場所などほとんどありません。さらにいま、小さなものとはいえ爆竹なんか鳴らしたらすぐに大人がとんできますし、どうかすればパトカーまでくるかもしれず、たちまち禁止されてしまいます。

 伝統的な門松やしめ縄を飾る家もだんだんと少なくなり、獅子舞も来なくなりました。

  社会の変化につれて、正月もすっかりさまがわりしてしまいましたが、しかしそれでも食卓の上だけはそれほど大きくは変化しておらず、お重の中にはむかしながらの「おせち料理」各種が整然と詰められています。

 おせち料理とお雑煮は、北海道から沖縄までさまざまなバリエーションがあって、地域によっておどろくほどいろんなものが登場しますが、しかしカマボコは、だいたいどこの地域でも正月の祝い膳に登場するようです。

 輸送と冷蔵技術が発達していなかった時代では、海辺などごく一部の地域を除いて、新鮮な魚の肉を食べることはなかなかできませんでした。また海に近い地域でも、新鮮な魚をいつまでも保存しておくことは困難でした。それに対して、魚肉をすり身にして、それを蒸したり焼いたりし、保存食として作られたカマボコは、いつでもどこでも魚の肉を手軽に食べることを可能にするものでした。カマボコには大量の魚肉を使いますから、鯛などの白身を使うものは特に値がはる高級食品となり、庶民の口にはおいそれと入らないものでしたが、それでも贈答品に使われたり、あるいは祝言(結婚式)など特別の場におけるご馳走として、かつては珍重されたものでした。

 いまではさまざまな魚を使った多種多様のカマボコがあり、値段もピンキリで、なにも入っていないもっとも安い素うどん(かけうどん)でも、ネギといっしょにカマボコが具に使われていることがあります。それほど脇役に徹するカマボコですから、料理の中心に位置することなどめったにありませんが、しかし正月のお重の中では主役のひとつとして、紅白のものとか、色あざやかな表面の上に「初春」などと縁起のいい文字を焼きつけたものなどが並んで、目を楽しませてくれます。

 このカマボコを漢字で「蒲鉾」と書くのは、白身魚のすり身を細い竹の棒に巻きつけて焼いた形が水辺に生える「ガマ」の穂に似ており、だから「蒲穂子」(がまほこ)と呼ばれていたのがなまった結果であるといわれ、また別の説では、棒の先端に魚肉を巻きつけた形が鉾(ほこ)という武器の形に似ていることに由来するともいわれます。でもその形の「蒲鉾」は、いまの板の上についているものとはかなり形が異なっていて、焼いてからあと中心にある竹の棒を抜くと竹輪の形になります。そうです、実は蒲鉾はもともと竹輪と同じ作り方をしたもので、板の上に載ってはいなかったのです。

 記録に見えるもっとも古い蒲鉾は、平安時代後期に摂政関白家が暮らしていた建物にある調度などについて記した『類聚雑要抄』(るいじゅうぞうようしょう)という文献に見え、そこに載せられる藤原忠実(ふじわらのただざね)が永久3年(1115年)に転居した際の祝宴で用意された料理に「蒲鉾」の文字があります。これが確認できる最古のカマボコだとのことで、全国かまぼこ連合会という業界団体がその西暦年から11月15日を「かまぼこの日」と定めているそうです。

 しかし蒲鉾の原料となる白身魚は高価ですから、蒲鉾は貴族や大名など地位の高い者だけが賞味できるご馳走で、庶民の口にはなかなか入りませんでした。それがやがて改良されて手軽な食品になり、江戸時代には商品として一般に販売され、また旅館や料理屋などで酒のつまみなどに供されることもあったようです。

 1802年(享和2年)にはじめて出版された十返舎一九の滑稽本『東海道中膝栗毛』は、刊行直後から爆発的に売れ、主人公の弥次郎兵衛と喜多八が大人気となりました。今では子ども向けの絵本まで作られている、おなじみのやじさんきたさんの東海道珍道中ですが、その初編で二人が戸塚の宿に泊まった時の食事にカマボコが出てきます。

 原文に「喜多:アヽいい酒だ。ときに肴は、ハヽァ、蒲鉾も上物の白板だ、鮫じゃァあんめえ」とあるように、旅先であつらえた夕食で、酒の肴として「白板」を食べています。「白板」とは魚のすり身を板にもりあげて、それを蒸しただけで焼かない、関東風のカマボコのこと、当時の安いカマボコは鮫(さめ)の肉を使ったようですが、ここはそんな下等品ではないようで、キスやイカ、エビなどを使った上物だったと思われます。

 いまのように遠洋で取れたマグロやカツオのお刺身、あるいは養殖されている牡蠣を生で食べるなど、新鮮なさまざまな海産物をいろんな調理方法でいつでも自由に、ふんだんに食べられるようになったのはつい最近のことですから、泊まった旅の宿で食事に出される上等のカマボコは、弥次さん喜多さんだけでなく、江戸時代に旅をしたすべての人にとって、きっととても大きな楽しみだったことでしょう。

《関連リンク》
漢字ペディアで「蒲」を調べよう
漢字ペディアで「蒲鉾」を調べよう

《著者紹介》
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阿辻哲次(あつじ てつじ)
京都大学名誉教授 ・(公財)日本漢字能力検定協会 漢字文化研究所所長

1951年大阪府生まれ。 1980年京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。静岡大学助教授、京都産業大学助教授を経て、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。文化庁文化審議会国語分科会漢字小委員会委員として2010年の常用漢字表改定に携わる。2017年6月(公財)日本漢字能力検定協会 漢字文化研究所長就任。専門は中国文化史、中国文字学。人間が何を使って、どのような素材の上に、どのような内容の文章を書いてきたか、その歩みを中国と日本を舞台に考察する。
著書に「戦後日本漢字史」(新潮選書)「漢字道楽」(講談社学術文庫)「漢字のはなし」(岩波ジュニア新書)など多数。また、2017年10月発売の『角川新字源 改訂新版』(角川書店)の編者も務めた。
●『角川新字源 改訂新版』のホームページ
 

《記事写真・画像出典》
・蒲鉾イラスト フリー素材
・ガマの穂の写真 自然写真のフリー素材 photo-Pot
・最古の蒲鉾 『類聚雑要抄』国立国会図書館デジタルコレクション

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