四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り29:「三寒四温」の微妙なうつろい

四字熟語根掘り葉掘り29:「三寒四温」の微妙なうつろい

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 2月は、1年のうちで最も寒い時期。と同時に、春の兆しが見え始めるころでもあります。寒い日の間にときおり、暖かい日が訪れるようになり、やがて、いわゆる「三寒四温(さんかんしおん)」の気候へと変化していきます。

 「三寒四温」とは、文字通りには〈3日、寒い日が続いたあとに、4日、暖かい日が続く〉という意味。現在の日本語では、春が近づくころの気候を指して、よく使われます。寒い方が3日なのに対して、暖かい方は1日多いわけですから、いかにも少しずつ暖かくなっていくような雰囲気がありますよね。

 しかし、それは本来の使い方ではありません。この四字熟語は、もともとは中国北部や朝鮮半島に見られる気候の変化を表したもの。現地のことばでは「三寒四暖」と表現することが多いようなのですが、だいたい1週間を周期として、寒い日と暖かい日が交替して訪れることを言います。少しずつ暖かくなっていくようなイメージはなく、冬全般にわたって用いられることばです。

 実際、冬場にこの地域の天候を大きく左右するシベリア高気圧は、だいたい1週間を周期として勢力が変化しています。そこで「三寒四温」の天候がよく見られるわけですが、日本列島の場合、太平洋高気圧の勢力も大きく関係してくるので、同じようにはいきません。そのため、「温」の方が1日多いイメージに影響されて、使われ方が変化していったものと思われます。

 ただ、この四字熟語の使われ方に影響を与えた要素として、もう1つ、見逃してはならないものがあります。それは、中国北部や朝鮮半島と日本人との関係性の変化です。

 中国北部や朝鮮半島は、かつて、日本が植民地支配をしていた地域でした。多くの日本人がそこで暮らし、またそこに出かけて、「三寒四温」の気候を実体験したはずです。事実、大正から昭和初期にかけての時代、この四字熟語は、中国北部や朝鮮半島の気候を指して使われるのが基本でした。

 しかし、第二次世界大戦敗戦によって、これらの地域と日本人との関係は、いったん断絶してしまいます。その結果、「三寒四温」という四字熟語も、本来の使われどころを失ってしまったのです。

 それでもこの四字熟語が消えてしまわなかったのは、中国北部や朝鮮半島から引き揚げてきた日本人が、たくさんいたからでしょう。彼らは、日本列島では春先に少し見られる、寒い日と暖かい日のくり返しを体験しながら、昔の自分たちの暮らしを、「三寒四温」ということばと共に思い出したのではないでしょうか。

 そう考えると、「三寒四温」の意味合いの変化からは、戦争に翻弄された人々の声なき声が聞こえて来るような気がします。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「三寒四温」を調べよう。

≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。
また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。
ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

≪記事画像≫

2018年12月30日3時の天気図
(気象庁HPのものを一部トリミング。http://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/wxchart/quickmonthly.html

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