四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り30:「優柔不断」ってだれのこと?

四字熟語根掘り葉掘り30:「優柔不断」ってだれのこと?

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 私はときどき、実につまらないことについてなかなか決断ができず、困ってしまうことがあります。先日も、「今夜はお夜食に何を食べようかなあ」と悩み込み、スーパーのお菓子売り場をうろちょろしておりました。いわゆる「優柔不断(ゆうじゅうふだん)」というやつですね。

 この「優柔不断」という四字熟語は、中国の古い歴史書、『漢書(かんじょ)』に出て来る一節に由来していると思われます。

 紀元前1世紀、前漢(ぜんかん)王朝の皇帝として君臨していた元帝(げんてい)は、儒教の考え方に基づいて、庶民に寛容な政治を行いました。しかし、その一方で臣下たちをうまく制御することができず、彼らの権力闘争は、後に王朝が滅亡する原因ともなりました。

 そんな元帝について、『漢書』では、「優游不断(ゆうゆうふだん)」だったという評価が与えられています。「優游」は、「優柔」と同じ意味で使われることば。私たちがよく知っている「優柔不断」という四字熟語は、もともとは「優游不断」という形だったようなのです。

 それが変化した「優柔不断」の形が登場するのは、私が知っている範囲では、ずっと後になって作られた『宋史(そうし)』という歴史書でのこと。13世紀、趙汝談(ちょうじょだん)という人物が、前漢王朝の元帝のことを「優柔不断」だと評した、という一節があります。

 「游」は、水を表す部首「氵(さんずい)」が付いているところにも現れているように、本来は〈泳ぎ回る〉ことを表す漢字。転じて、〈自由に動き回る〉というアクティブな意味合いにもなります。

 それに対して、「柔」は、もちろん日本の「柔道」のような積極的な使い方もできますが、全般的には、穏やかで落ち着いた雰囲気。〈決断ができない〉ことを表す四字熟語として、「優游不断」に代わって「優柔不断」の形が定着していったのには、そういう理由があったのではないかと思われます。

 ただ、個人的にちょっと気になるのは、「優游不断/優柔不断」が、もともとは皇帝の人柄を指す表現だった、という点。おそらく、「優游」であれ「優柔」であれ、やんごとなき身分の方に見られる、洗練されておっとりとした性格を表すのでしょうね。

 ということは、私ごときが自分のことを「優柔不断」だなんて言うのは、おこがましいのかもしれません。庶民は庶民らしく、お夜食くらいは素早く決められるようになりたいものです。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「優柔不断」を調べよう。

≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。
また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。
ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

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IYO / PIXTA(ピクスタ)

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