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四字熟語根掘り葉掘り31:「一汁一菜」は特別な食事
2019.03.04
白いご飯とお吸いものに、おかずを3品添えるのが、和食の献立の基本。いわゆる「一汁三菜(いちじゅうさんさい)」です。日本人なら、知っていて当たり前のことばだと言っていいでしょう。
ただ、「一汁三菜」を収録している四字熟語辞典は、皆無というわけではありませんが、めったにありません。
和食の世界では、ほかにも、「一汁五菜」「一汁七菜」「二汁五菜」「三汁七菜」などなど、献立のさまざまな型があります。数が増えるとともに食事はどんどん豪華になっていくわけですが、これらのことばも、四字熟語辞典の見出し語として見かけることは、非常にまれです。
その代わり、ほとんどの四字熟語辞典が収録しているのは、「一汁一菜」。おかずのまったくない、貧相な食事を表すこのことばが、他の立派な食事を差し置いて四字熟語辞典の定番となっているのは、なぜなのでしょうか?
「一汁一菜」とは、文字通りには〈ご飯と汁ものに、おかずが1品だけの食事〉を指すことば。たとえば、加賀乙彦さんが1980年代に発表した大長編小説『湿原』の次のような一節は、その例です。
「一汁一菜の朝食がすむと、すぐさま「雪森厚夫」と呼び出された。」
ここで主人公がいるのは、留置場の中。留置場の朝食が〈おかず1品だけ〉だったというわけです。
それに対して、石坂洋次郎の戦後すぐのベストセラー、『石中先生行状記』での使用例は、やや趣が異なります。
「いや、まったく食事は一汁一菜で結構なもので、それ以上飲み食いしたって、大小便の量を殖やすばかりですからな。」
これを厳密に〈おかず1品だけの食事〉だと理解してもいいのですが、もう少し幅広く〈質素な食事〉のたとえだと解釈した方が、内容に深みが出ないでしょうか?
つまり、「一汁一菜」は、具体的な和食の献立の型を指すだけではなく、抽象的な意味の広がりを持っているのです。実際、「彼は田舎で一汁一菜の暮らしをしている」のように用いた場合には、毎度の食事の品数というよりは、全体的な暮らしぶりをイメージさせるはたらきの方が強いことでしょう。
それに対して、「一汁三菜」や「一汁五菜」、「二汁五菜」などなどは、広がりを持った意味で使われることは、まずありません。多くの四字熟語辞典が「一汁一菜」だけを見出し語として収録しているのは、ここに理由があるのです。
四字熟語とは何か? というのは、実は答えるのがむずかしい問いです。しかし、「一汁一菜」は、この問いに1つの答えを示してくれているのです。
<参考リンク>
漢字ペディアで「一汁一菜」を調べよう。
<著者紹介>
円満字二郎(えんまんじ じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。
また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。
ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
<記事画像>
著者撮影
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