四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り33:「白河夜船」のウソと真実

四字熟語根掘り葉掘り33:「白河夜船」のウソと真実

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 エイプリル・フールは、ウソをついても許される日。とはいえ、だれだって、エイプリル・フール以外の日にもウソをついたことくらいあるでしょう。「白河夜船(しらかわよふね、しらかわよぶね。白河夜舟、白川夜船、白川夜舟とも書きます)」は、そんなウソから生まれた四字熟語です。

 昔、あるところに、「京都を旅してきた」と罪のないウソをついた男がおりました。白河(現在の白川)とはどんな町だったかと聞かれた彼は、川の名前だと勘違いして、「夜、船で通ったからわからない」と答えたのだとか。ここから、「白河夜船」とは、〈ぐっすり眠っていて、まわりのことに気づかない〉ことを表す表現になりました。

 この四字熟語のでどころとしては、江戸時代の初め、17世紀の前半に書かれた『醒酔笑(せいすいしょう)』という笑い話集が、よく挙げられます。ただ、そこでのお話は、ちょっと違っています。

 京都のことならなんでも知っていると自慢する、ある男。「世の中には、京都をよく知っていると言う人がいるけれど、みんな『白河を夜船に乗りたるたぐひ』で、私には及ばないよ」と豪語します。で、祇園から清水寺までの距離を聞かれると、平然として京都の町の絵が描かれた扇子を広げ、「1寸(約3センチ)くらいのものですよ」と答えたのだとか……!

 この男の言い方からすると、「白河を夜船に乗って通る」という表現は、もっと以前から使われていたものかと思われます。ここでは京都見物に関する話の中で引用されていますが、以前からあったものであれば、別の「白河」を京都の白川と掛けて用いたのかもしれないわけで、「白河夜船」の本当の由来は、今一つはっきりしないのです。

 ところで、11世紀、平安時代に活躍した歌人、能因(のういん)法師に、こんなエピソードがあります。

 都で暮らしていたあるとき、「都をば霞とともに立ちしかど秋風の吹く白河の関」という歌を思いついた能因法師。この歌は実際に白河の関で詠んだことにした方が絶対にウケる、と考えた彼は、しばらくの間、家に引きこもり、遠く東北地方まで出かけてきたとウソをついて、この歌を披露したそうな。

 この話、〈実際には行っていない場所へ、行ってきたとウソをつく〉という点では、「白河夜船」とおんなじですよね。そんな2つのお話が、場所こそ違え、どちらも「白河」という地名と結びついているのは、偶然なのでしょうか? 何か影響関係があればおもしろいところなのですが、これまた、本当のところは、わかりません。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「白河夜船」を調べよう。

≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。
1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。
著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。
また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。
ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

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kogarasu / PIXTA(ピクスタ)

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