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四字熟語根掘り葉掘り80:「温故知新」のいにしえの味わい

2021.01.25

四字熟語根掘り葉掘り80:「温故知新」のいにしえの味わい

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 四字熟語の人気投票をしたら、どんなものが上位に入るでしょうか? やってみなければ結果はわかりませんが、私は、「温故知新(おんこちしん)」などは優勝候補の一角だろうと予想しています。

 だって、四字熟語に興味がある人には伝統文化に一定の敬意を払う方が多いでしょうから、〈昔のことを改めて学び、新しい知見を得る〉という意味はいかにも好まれそうではないですか。『論語』に由来するという出自も文句の付けようがないですし、だれでも知っているような漢字を4つ組み合わせただけなのに深い内容を表しているという点も、ザ・四字熟語という感じです。

 さて、この四字熟語での「故」は、〈古い〉とか〈古いできごと〉という意味で使われています。「故」とは、〈理由〉〈何かの事情〉〈わざと〉など幅広い意味を持つ漢字ですが、〈古い〉〈古いできごと〉という意味で使う例は、現代の日本語ではあまり多くはありません。代表的なものとしては「故郷」があるくらいでしょうか。

 ただ、四字熟語の世界では、このタイプの「故」が比較的よく見られます。「革故鼎新(かくこていしん)」とは、〈古いことを改めて新しくする〉こと。「送故迎新(そうこげいしん)」とは、〈前任者を送り出して新任の人を迎える〉こと。〈古い空気を吐き出して新しい空気を取り入れる〉という健康法を指す「吐故納新(とこのうしん)」という四字熟語もあります。

 これらはそれぞれ、『易経(えききょう)』『漢書(かんじょ)』『荘子(そうし)』という、中国の古典に由来する表現。どうやら、中国語では、「故」を〈古い〉という意味合いで使うことが多いようです。そういえば、北京に現在も残る紫禁城を「故宮」と呼ぶのも、その例ですよね。

 一方、「古」という漢字を含む四字熟語も、「古今東西(ここんとうざい)」「古往今来(こおうこんらい)」「古色蒼然(こしょくそうぜん)」など、たくさんあります。ただ、そういった「古」は、単に〈すでにかなり時間が経っている〉という意味で使われているのに対して、四字熟語に見られる「故」は「新」とペアになることが多く、〈古い〉ことと〈新しい〉ことがせめぎあう時点、つまり〈現在〉と深い関係を持っているように思われます。

 だとすると、「故」には、〈もう死んでしまった過去〉ではなく、〈今でも生きている過去〉を表す傾向があるのではないでしょうか? そう考えてみると、「温故知新」をはじめとする四字熟語のみならず、「故郷」や「故宮」といったことばの味わいも、より深くなるように感じられます。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「温故知新」を調べよう
漢字ペディアで「故」を調べよう
漢字ペディアで「古」を調べよう

≪おすすめ記事≫

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

≪記事画像≫

杉浦宗規/ PIXTA(ピクスタ) (紫禁城)

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