四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り42:「換骨奪胎」は女性にしかできない?

四字熟語根掘り葉掘り42:「換骨奪胎」は女性にしかできない?

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 「換骨奪胎(かんこつだったい)」とは、〈すでにある作品を作り替えて、新しい作品を生み出す〉こと。いわゆる「焼き直し」のように悪い意味で使われることもあれば、斬新な視点から再構成することを評価して用いられる場合もあります。

 この四字熟語、「換骨」も「奪胎」も、元はと言えば、道教で仙人になるための肉体改造法。「換骨」は、〈凡人の骨を仙人の骨に取り換える〉こと。「奪胎」は、文字通りには「胎を奪う」となりますが、さて、この「胎」とは何なのでしょうか?

 多くの辞書は、「奪胎」を〈胎盤を取り去る〉ことだ、と説明しています。「胎盤」とは、生まれる前の子どもと親の体をつなぎ、養い育てる組織。もう少し広く、子宮のことを指すと考えてもよいでしょうが、どちらにしても、女性の体にしかないもの。それだと、男性は仙人にはなれません。

 「換骨奪胎」の「胎」は、恐らく、〈胎盤〉や〈子宮〉のことではないのでしょう。しかし、では何なのかとなると、よくわかりません。拙著『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)を書いたときも、よくわからないままに済ませてしまいました。

 ところが、最近、漢和辞典で「胎」のところを眺めていて、気になる熟語を見つけました。それは「胎息(たいそく)」。いくつかの辞書の記述をまとめると、これは道教の健康法の1つで、〈腹の底深くまで息を吸い、また息を吐き出すこと〉だそうです。

 つまり、道教では、「胎」を〈腹の底の奥深いところ〉を指して使うわけです。となると、「換骨奪胎」の「胎」も、〈腹の底の奥深いところ〉、「骨」との対比で言えば〈内臓〉だと解釈してよいのではないでしょうか。

 道教の「換骨」と「奪胎」が結びついて1つの表現になったのは、実は、詩の世界でのこと。12世紀の黄庭堅(こうていけん)という詩人が唱えた、作詩技法の名前に由来しています。

 「換骨」法とは、〈すでにある詩の意味を受け継ぎ、字句を変えて新しい表現を生み出す〉こと。「奪胎」法は難解なのですが、〈すでにある詩の内容を深く掘り下げて、新しい表現を生み出す〉ことを指しているようです。私には、この〈深く掘り下げる〉というところが、〈腹の底の奥深いところ〉と通じているように思われます。

 すでにある作品からテーマを取り出し、それを違う枠組みの中に置いてみる。それが、「換骨」。すでにある作品のテーマを、さらに深く掘り下げてみる。それが、「奪胎」。どちらの方法も、私たちが何か新しいものを生み出そうとする際に、参考になるのではないでしょうか。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「換骨奪胎」を調べてみよう

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。 また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。 ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!

≪記事画像≫

黄庭堅像(『晩笑堂画伝』より)

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