新聞漢字あれこれ84 輪、進、復… 2021年「今年の良い漢字」
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
12月13日に日本漢字能力検定協会から発表された「今年の漢字」は「金」。大方の予想どおり、東京五輪・パラリンピックに関係するものでした。
「今年の漢字」はその年の世相を表します。新型コロナウイルス禍が続くなかで、東京五輪・パラリンピックは、開催に賛否はあったものの数少ない明るい話題のひとつだったといえそうです。昨年に続き、専修大学国際コミュニケーション学部で「メディア日本語論1」を受講している学生に、今年を象徴する「良い漢字」とその選定理由を尋ねてみました(受講者22人中、回答者は20人)。
調査として数は多くないものの、学生一人ひとりの選定理由を読むと、選んだ字の重みを感じます。全体の傾向としては、コロナ禍で気づいた「人と人との結びつき」と、コロナ禍からの「回復や前進」を表すような字が選ばれていました。ワクチン接種が進み、新規感染者数が減少するなど、来年へ向けて明るい兆しが見えてきたように感じます。
その中で一番多かったのが「輪」の3人。「コロナ禍の中で、人と人との絆=人間関係の輪が強く意識されていた」「人との絆だけであるのなら『絆』でよいのかもしれないが、コロナの影響がある中で五輪が行われ、人々が手を取り合って乗り切ろうとしている印象」「気分が下がってしまうニュースが多い状況の中でも五輪が行われ、選手や国民が一つの『輪』のようなものになれたのではないか」などと選んだ理由をつづってくれました。今年に限っていえば、「輪」は「絆」を超えた、人と人とを結びつける意味を持ったのかもしれません。
参考ですが、2位は「進」「復」「薬」のそれぞれ2人。「進」にはコロナ禍で進んだ新しい生活、良い方向へ進んでいきたいとの思いが込められています。「復」にはコロナ禍から回復する世の中を、「薬」にはワクチン接種や治療薬開発への期待の大きさがうかがえました。5位はすべて1人の回答で、話・癒・接・目・会・盛・金・開・動・五・禍の11字。それぞれ前向きな選択理由があり、学生たちの強い思いを感じます。
今年、学生が選んでくれた15字の中で私が特に印象深かったのは「目」でした。学生が書いてくれた理由を引用します。
コロナ禍で、マスクをすることが当たり前になって、目の印象が大事になりました。コロナ禍で知り合った人は、第一印象はマスクをしていることもあり、目が大切です。私も、外見ではマスクを着けて人に見られる部分(特に目)に気を配るようになりました。それと同時に、人と話す際、目を見て話すことが重要なことは言うまでもないですが、その重要さに改めて気が付きました。目を見て話を聞いてもらうと、話しやすい上に、しっかりと聞いてくれているのだな、と感じます。マスクをしているからこそ、目の大切さに気が付いたので、この漢字を選びました。
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、失われる物事の多い昨今。そんな状況下で得た目の大切さへの気付き。「目は口ほどに物を言う」。肝に銘じたいと思います。
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「輪」を調べよう
漢字ペディアで「目は口ほどに物を言う」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。
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協会職員撮影