日常に“学び”をプラス 漢字カフェ

  • コラム
  • 暮らし
  • 歴史・文化

新聞漢字あれこれ118 「こどもの日」を前に思うこと

2023.05.02

新聞漢字あれこれ118 「こどもの日」を前に思うこと

 4月、「こども家庭庁」が発足しました。新省庁名は「こども庁」案で進んでいたものが、土壇場で「家庭」が加わったことを記憶している方も多いことでしょう。この「家庭」はさておき、私が気になっていたのはコドモの表記が「子供」「子ども」「こども」のどれになるのかということでした。

 2021年に新省庁をつくる構想が浮上。当時の報道では「子ども庁」「こども庁」の両表記が見られました。コドモは主に前述の3通りの表記をすることが多いものですが、省庁名となれば、きちんと区別しなければなりません。4月3日の日本経済新聞夕刊では「子ども政策の司令塔となるこども家庭庁は3日、本格的に業務を開始した」と使い分けています。

 新しい庁名は祝日の「こどもの日」と同じ「こども」になったわけですが、一般表記としての「子供」「子ども」については、これまでもどう書くべきものかと話題になったことがあります。例えば、「どちらの表記が正しいのか」「どちらが望ましい表記なのか」といった類いです。これについては新聞の用字用語担当者として「どちらも正しい」という立場をとっています。日本新聞協会の『新聞用語集 2022年版』では、コドモについて「子供」「子ども」を併記し、どちらも使用する表記であることを示しているからです。社会の実態とも一致するものと考えます。

 とはいえ、2つの表記が示されていれば、「より望ましいのはどちらか?」と考える人が出てくるのも致し方ないところ。答えが1つでないと落ち着かない人もいることでしょう。私が質問された場合は、「原則は『子供』であるが、最近は『子ども』表記のほうが多く、どちらも間違いではない」と答えるようにしています。記事データベースで日経朝夕刊の出現記事件数を見ると、長く「子供」が主流でしたが1990年代半ばから「子ども」が増え始め、2010年に初めて「子供」を追い越し、2020年以降は「子ども」のほうが多数となりました。日経では1994年版の用字用語集までは「子供」のみ例示していましたが、2001年版から「子供」「子ども」を併記し、現在に至ります。併記したから「子ども」が増えたのではなく、「子ども」が使われるから併記することにしたというのが実情です。

 コドモ表記をめぐっては、かつてこんなことがありました。戦後、教育界を中心に「コドモは社会から尊重され守られるべき立場であり、『お供』など従属、隷属を意味する『供』の字はふさわしくない」との主張が出てきたのです。「子供」と書けばコドモが親の従属物のような印象を与え人権が損なわれるとの趣旨で、この考え方が浸透したのか、「子ども」表記が広がりました。1994年に日本が「子どもの権利条約」を批准したのも影響しているのかもしれません。

 ただ、「子供」の「供」はもともと複数を表す接尾語であり、当て字でもあります。「子供」に大人の「お供」のような否定的な意味はなく、「供」の使用を避ける必要は本来ありません。常用漢字表の「供」の例欄に「子供」があるほか、文部科学省では2013年に省内の公用文書の表記について「子供」に統一することをあらためて確認したほどです。また、接尾語「ども」には「野郎ども、子分ども」など見下した気持ちを伴う使い方があり、「子ども」のほうが差別的表現であるとする向きもあります。

 それでも、新聞に限らず世間一般で「子供」を「子ども」と表記するケースが多いのは、「供」が当て字であるため、あえて平仮名にしているとの考え方も成り立ちます。かつては「子等」「子共」などと書かれていたこともあり、「供」だけにこだわらず、実態にあわせ「子供」も「子ども」も、そして「こども」も認め合うのがよいのではないでしょうか。

 ただし固有名詞となると話は別。「こどもの日」を「子どもの日」と誤った事例を以前からよく目にします。書き手の意識が「供」の字ばかりにいってしまっているからなのでしょうか。何はともあれ、校閲記者としては、固有名詞のコドモ表記が正しくなるよう、きちんとしたチェックが欠かせません。「こども家庭庁」の発足で、注意事項がまた1つ増えました。

《参考資料》
神永曉『悩ましい国語辞典―辞書編集者だけが知っていることばの深層―』時事通信出版局、2015年
塩原経央『「国語」の時代―その再生への道筋』ぎょうせい、2004年
『当て字・当て読み 漢字表現辞典』三省堂、2010年
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『新聞用語集 2022年版』日本新聞協会、2022年
『日経用字用語集 1994年版』日本経済新聞社、1994年
『NIKKEI用字用語集 2001年版』日本経済新聞社、2001年
『NIKKEI用語の手引 2023年版』日本経済新聞社、2023年
『日本国語大辞典第二版第五巻』小学館、2001年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』三省堂、2020年
『明鏡国語辞典 第三版』大修館書店、2021年

《参考リンク》
「日経校閲ツイッター」 はこちら

《おすすめ記事》
新聞漢字あれこれ65  「しょうがい」表記と常用漢字 はこちら
新聞漢字あれこれ93 「総菜」「惣菜」 どちら派ですか? はこちら

<著者紹介>
小林肇
(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

<記事画像>
ライダー写真家はじめ/ PIXTA(ピクスタ)

続きを見る

  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • LINE
  • google+

コラム

  • 新聞漢字あれこれ119 姓名の読み方は難しい

    新聞漢字あれこれ119 姓名の読み方は難しい

     「この名前は何と読むのか」「難しい名前には読み仮…

    記事を読む

  • 新聞漢字あれこれ118 「こどもの日」を前に思うこと

    新聞漢字あれこれ118 「こどもの日」を前に思うこと

     4月、「こども家庭庁」が発足しました。新省庁名は…

    記事を読む

  • やっぱり漢字が好き。9 書体は語る(中)

    やっぱり漢字が好き。9 書体は語る(中)

     前号では文字の書体と「場」(文体や内容)が結びつ…

    記事を読む

  • 新聞漢字あれこれ117 石か皿か、目を凝らして見る

    新聞漢字あれこれ117 石か皿か、目を凝らして見る

     2月下旬のこと。朝刊の地域経済面で「常磐町」とあ…

    記事を読む

  • 新聞漢字あれこれ116 漢字と片仮名のそっくりさん

    新聞漢字あれこれ116 漢字と片仮名のそっくりさん

     3月25日、日本テレビの水卜麻美(みうら・あさみ…

    記事を読む

  • やっぱり漢字が好き。8 書体は語る(上)

    やっぱり漢字が好き。8 書体は語る(上)

     今号から3回に分けて、ふだん見過ごされがちな街角…

    記事を読む

コラム記事一覧へ

暮らし

  • 新聞漢字あれこれ119 姓名の読み方は難しい

    新聞漢字あれこれ119 姓名の読み方は難しい

     「この名前は何と読むのか」「難しい名前には読み仮…

    記事を読む

  • 新聞漢字あれこれ118 「こどもの日」を前に思うこと

    新聞漢字あれこれ118 「こどもの日」を前に思うこと

     4月、「こども家庭庁」が発足しました。新省庁名は…

    記事を読む

  • やっぱり漢字が好き。9 書体は語る(中)

    やっぱり漢字が好き。9 書体は語る(中)

     前号では文字の書体と「場」(文体や内容)が結びつ…

    記事を読む

  • 新聞漢字あれこれ117 石か皿か、目を凝らして見る

    新聞漢字あれこれ117 石か皿か、目を凝らして見る

     2月下旬のこと。朝刊の地域経済面で「常磐町」とあ…

    記事を読む

  • 新聞漢字あれこれ116 漢字と片仮名のそっくりさん

    新聞漢字あれこれ116 漢字と片仮名のそっくりさん

     3月25日、日本テレビの水卜麻美(みうら・あさみ…

    記事を読む

  • 新聞漢字あれこれ115 新種のエビを発見しました!

    新聞漢字あれこれ115 新種のエビを発見しました!

     2月上旬。4月からの企業人事の発表が続くなかで、…

    記事を読む

暮らし記事一覧へ

歴史・文化

  • 新聞漢字あれこれ118 「こどもの日」を前に思うこと

    新聞漢字あれこれ118 「こどもの日」を前に思うこと

     4月、「こども家庭庁」が発足しました。新省庁名は…

    記事を読む

  • やっぱり漢字が好き。9 書体は語る(中)

    やっぱり漢字が好き。9 書体は語る(中)

     前号では文字の書体と「場」(文体や内容)が結びつ…

    記事を読む

  • やっぱり漢字が好き。8 書体は語る(上)

    やっぱり漢字が好き。8 書体は語る(上)

     今号から3回に分けて、ふだん見過ごされがちな街角…

    記事を読む

  • 64画の漢字とは!?笹原宏之著『なぞり書きで脳を活性化―画数が夥しい漢字121』が発売

    64画の漢字とは!?笹原宏之著『なぞり書きで脳を活性化―画…

     こんにちは!漢字カフェ担当のカンキツです。今回は…

    記事を読む

  • 動物漢字にまつわる面白話が満載!円満字二郎著『漢字の動物苑―鳥・虫・けものと季節のうつろい』が発売!

    動物漢字にまつわる面白話が満載!円満字二郎著『漢字の動物苑…

     こんにちは!漢字カフェ担当のカンキツです。今回は…

    記事を読む

  • やっぱり漢字が好き。7 漢字の発音表記と占い

    やっぱり漢字が好き。7 漢字の発音表記と占い

     今号のコラムは最終的に占いの話に着地する。  日…

    記事を読む

歴史・文化記事一覧へ

PR記事
  • 2022年「今年の漢字」12月5日まで募集中!2022年の、しめくくりに。

    2022年「今年の漢字」12月5日まで募集中!20…

    記事を読む

  • 漢字の手書きが生涯に役立つ?12月18日京大×漢検公開シンポジウム開催

    漢字の手書きが生涯に役立つ?12月18日京大×漢検…

    記事を読む

  • 家族や友人に想いを伝えよう!第10回「今、あなたに贈りたい漢字コンテスト」募集開始!

    家族や友人に想いを伝えよう!第10回「今、あなたに…

    記事を読む

  • 2021年「今年の漢字」12月6日まで募集中!今年の世相、どんなかんじ?

    2021年「今年の漢字」12月6日まで募集中!今年…

    記事を読む

  • 2020年「今年の漢字」こぼれ話(後編)似ている漢字に要注意!

    2020年「今年の漢字」こぼれ話(後編)似ている漢…

    記事を読む

最新記事
  • 新聞漢字あれこれ119 姓名の読み方は難しい

    新聞漢字あれこれ119 姓名の読み方は難しい

    記事を読む

  • 新聞漢字あれこれ118 「こどもの日」を前に思うこと

    新聞漢字あれこれ118 「こどもの日」を前に思うこと

    記事を読む

  • やっぱり漢字が好き。9 書体は語る(中)

    やっぱり漢字が好き。9 書体は語る(中)

    記事を読む

  • 新聞漢字あれこれ117 石か皿か、目を凝らして見る

    新聞漢字あれこれ117 石か皿か、目を凝らして見る

    記事を読む

  • 新聞漢字あれこれ116 漢字と片仮名のそっくりさん

    新聞漢字あれこれ116 漢字と片仮名のそっくりさん

    記事を読む

  • やっぱり漢字が好き。8 書体は語る(上)

    やっぱり漢字が好き。8 書体は語る(上)

    記事を読む

  • 新聞漢字あれこれ115 新種のエビを発見しました!

    新聞漢字あれこれ115 新種のエビを発見しました!

    記事を読む

  • 64画の漢字とは!?笹原宏之著『なぞり書きで脳を活性化―画数が夥しい漢字121』が発売

    64画の漢字とは!?笹原宏之著『なぞり書きで脳を活性化―画…

    記事を読む

  • 動物漢字にまつわる面白話が満載!円満字二郎著『漢字の動物苑―鳥・虫・けものと季節のうつろい』が発売!

    動物漢字にまつわる面白話が満載!円満字二郎著『漢字の動物苑…

    記事を読む

  • 新聞漢字あれこれ114 タンタンメンはどんな麺?

    新聞漢字あれこれ114 タンタンメンはどんな麺?

    記事を読む

記事カテゴリ
  • 公益財団法人 日本漢字能力検定協会
  • 漢字を調べるなら漢字ぺディア
  • 日本漢字学会(JSCCC)
  • メールマガジンのご登録

ページトップへ

Copyright(c) 公益財団法人 日本漢字能力検定協会 All Rights Reserved.