まぎらわしい漢字気になる日本語

新聞漢字あれこれ162 オーストリアを漢字1字で表すと…

新聞漢字あれこれ162 オーストリアを漢字1字で表すと…

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 

 見出しを見て、まず「豪」の字が頭に浮かんだ人はいませんか。よく見直してください。「オーストラリア」ではなく「オーストリア」ですよ。

 オーストリアは漢字で「墺太利」などと表記し、漢字1字の略称としては「墺」を当てます。ただし、「墺」は常用漢字ではないことなどの理由から、新聞では原則使用しないことになっています。「墺」の字が見慣れないことも、誤る原因のひとつなのかもしれません。

 こうした誤読は新聞製作の過程でよく起こります。記事中の「オーストリア」を「オーストラリア」と読み間違えて、見出しに「豪」や「豪州」と付けてしまうのは定番。新聞のニュース記事では「オーストリア」よりも「オーストラリア」のほうが出現頻度は高く、なじみのある「オーストラリア」とつい間違えてしまうのでしょう。

 校閲する側も1字ごとに確認しているはずなのに、なぜか単語をひとかたまりで見てしまい、そこに思い込みが加わる。こうしてチェックの網をくぐり抜けたものが「訂正記事」につながってしまうことがあるのです。

 日本経済新聞ほか各紙で何度も「訂正」が出ていますが、これらを分析すると、ミスは必ずしも見出しに限りません。そもそも記者が執筆する記事の段階から「オーストリア」を「オーストラリア」や「豪州」と間違う事例が見られるのです。スポーツ記事で選手の名前の後に付ける国名表記の取り違えもありました。これなども思い込みが原因なのでしょう。「オーストラリア」と「オーストリア」が別の国であることは百も承知とはいえ、ミスはなくなりません。

 大学で担当している講義で行った試験。「オーストリアの漢字略称を1字で書いてください」という問いの正答率は51%でした。これに対し「豪」と書いた誤答は34%で、実に3分の1の学生が間違えています。この問題は正答の「墺」を書いてほしいというよりも、問題文を正しく読めるかどうかを問うたものでした。単なるひっかけ問題や意地悪な設問ではありません。

 思い込みが実害を生むことがある――。学生の皆さんは学んでくれたでしょうか。

次回、新聞漢字あれこれ第163回は2月19日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

『漢字百科大事典』明治書院、1996年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』三省堂、2020年

≪参考リンク≫

「日経校閲X」 はこちら
漢字ペディアで「豪」を調べよう

≪おすすめ記事≫

新聞漢字あれこれ10 ロシアを漢字1字で表すと… はこちら
新聞漢字あれこれ156 「坂」と「阪」 固有名詞は要注意 はこちら

≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。



記事を共有する