新聞漢字あれこれ161 地名の「多摩」と「多磨」

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
2024年12月14日、日本漢字学会の第7回研究大会に参加するため、会場の東京外国語大学府中キャンパスに初めて行きました。最寄り駅は西武多摩川線の多磨駅でした。
「ここがその場所か……」と思いながら下車し、まず「多磨駅」の表示を撮影しました。地名表記で多摩と多磨の違いがあると知ったのは校閲記者になった1990年のこと。新入社員研修で手渡された『日経用字用語集 昭和60年版』に載った「紛らわしい国内地名」のページを開いたときでした。それから30年以上が過ぎ、紙面チェックで何度も確認した「多磨」を初めて現地で目にしたのです。
生まれた時から東京在住とはいえ、「たま」と言えば、多摩市や多摩川、多摩動物公園などのイメージが強く、多磨という地名があるとは思ってもみませんでした。地元では当たり前の話でも、離れて生活している者にとっては分からないことはたくさんあります。入社したばかりのころはまだ手書きの原稿が一部に残っていた時期で、多磨霊園を多摩霊園と誤記した事例を何度か見ました。書き手の思い込みによるミスを防ぐには、校閲記者の細かいチェックが欠かせません。ちなみに多磨霊園は東京都府中市多磨町と小金井市前原町にまたがって所在しています。
同じ多摩地域にある多摩と多磨の地名。なぜ2つの表記が存在するのか。現在の府中市多磨町は他の町村と合併し府中市になる前は、多磨村と称していました。『角川日本地名大辞典13 東京都』によれば「村名ははじめ多摩村とする予定であったが、南多摩郡にいち早く多摩村が誕生してしまったため多磨村とつづることにした」のだそうです。多摩川を挟み多磨村の対岸にあった多摩村は後に多摩市となりました。
多摩川といえば玉川という表記もありますね。『当て字・当て読み 漢字表現辞典』によれば、多摩川の由来は未詳で、「『多摩』『玉』『多磨』は、いずれが当て字か本来の語義が失われており不明確」とありました。いずれにせよ、固有名詞にはそれぞれの正しい表記がありますので、確認は怠れません。
次回、新聞漢字あれこれ第162回は2月5日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
『当て字・当て読み 漢字表現辞典』三省堂、2010年
『角川日本地名大辞典13 東京都』角川書店、1978年
『市町村名変遷辞典 三訂版 3版』東京堂出版、2003年
『日経用字用語集 昭和60年版』日本経済新聞社、1985年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』三省堂、2020年
『問題地名集 改訂版』日本新聞協会、1983年
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
日本漢字学会公式HP はこちら
漢字ペディアで「摩」を調べよう
漢字ペディアで「磨」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。