まぎらわしい漢字姓名・名づけ

新聞漢字あれこれ145 どちらの「かんざき」さんですか?

新聞漢字あれこれ145 どちらの「かんざき」さんですか?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 先日、校閲グループの業務報告書を読んでいたら、佐賀県の神市が神市に間違っていたとの記述がありました。担当者がミスに気づき紙面化されずに直りましたが、久しぶりに見る誤字に、ある懐かしさを覚えました。

 神市といえば吉野ケ里遺跡を思い浮かべる人が多いでしょうか。吉野ケ里遺跡は神郡吉野ケ里町と神市にまたがる弥生時代の最大規模の遺跡で、国の特別史跡に指定されています。自治体名やそれに関係する固有名詞では「神」ですが、姓には「かんざき」と読む「神」と「神」があるため、パソコンで入力する際はどちらも変換候補にあがります。そこで選択ミスが起こるのでしょう。

 は「さき」と読み、陸地が海などに突きだした地形を意味し「」「岬」と同義。玉県の「」は「さき」の「き」から「k」が脱落したイ音便で「さい」と読みます。2010年に改定された常用漢字表には「さい」の訓のみが示され、「」は「さき」よりも「さい」のほうになじみのある人が多いのも、「神市」を「神市」と間違える理由の一つといえるのかもしれません。

 新聞校閲をするうえで要注意な地名としてあげられるのが、千葉県銚子市の犬吠。『記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集』には「紛らわしい地名」として掲載されています。また、地名としては「」が多いものの、海図では基本的に「」が使われていることもあり、同書には「主な岬、、碕」というコーナーで、例えば秋田県の「にゅうどうざき」は入道(地名)と入道(灯台名)が併記されるなど、同様の「」の例示が20ほどあります。

 1994年4月20日付の社内文書にある「かんざき郵政相」と題する私の小文。朝刊政治面の校閲担当だった私が、当時細川護熙内閣で郵政相だった神武法氏の姓を「神」と間違ったまま紙面化してしまった話が書いてあります。実は最近まで誤字を救ったつもりでいたのですが、確認したところミスを通していたのでした。30年もたつと記憶がはっきりしないところがあり、いつの間にか記憶が美化されていました。ただ、「神」と「神」の注意点は忘れずに覚えています。

次回、新聞漢字あれこれ第146回は6月19日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集』共同通信社、2022年
『常用漢字表(平成22年11月30日内閣告示)』文化庁文化部国語課、2011年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『方言漢字事典』研究社、2023年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』三省堂、2020年
「PLES最前線第1号」日本経済新聞社校閲部、1994年

≪参考リンク≫

「日経校閲X」 はこちら

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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