聖誕祭(クリスマス)の「聖」字について——併せて2024年「今年の漢字」の予想——|やっぱり漢字が好き33
著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
世の中はクリスマスモードである。小さな頃はあんなにも待ち焦がれていたクリスマスだが、不惑を越えると何の感慨もない。馬齢を重ねるというのは、心の感覚の麻痺に等しい。
クリスマスは漢字で「聖誕祭」と称される。これは中国語でも同様である。この場合の「聖」はsaintの訳語で、聖人、すなわちキリストを指す。「誕」は「誕生」。「クリスマス」とはつまり「聖人が誕生した日」である。
これだけを見ると「聖」は西洋的な概念にも見えるが、中国では古くからある言葉である。「聖人」という語が『論語』に見え、高い徳を持ち、万事に通暁する人物を指す。儒教では理想化された古代の聖王の堯・舜・禹などが該当する。ただしその含意は時代が下るとともに変化したらしい。なお当然のことながらキリスト教の聖人とは異なり、信仰とは関係がない。
「聖」の文字自体は『論語』よりもさらに古い殷代(前13世紀〜前11世紀)甲骨文にすでに見える。その字形は次の(1)のように、大きな「耳」の下に「人」が付き、傍らに「口」を加えた形である。人が耳を突き出し、(他者の)口から出る声を聴く様子を示す会意文字で、「聴」の初文(原始的な形体)と考えられる。
(1) 『甲骨文合集』14295
なお上古音で「聖」は*lheŋh、「聴」は*lhêŋと復元される(Schuessler 2009)。ともに音節頭子音がlh(lの無声音)、主母音と韻尾がeŋ相当で発音は近い。「聖」は「聴く」の意味から、広く聴いて万物に通じるという意味へと拡張し、いまの「聖」(万物に通暁する)の意味となったものと推測される。後漢の『説文解字』では「聖、通也。」〔聖は通じることである。〕と分析するのもまさにこの意味である。
この意味で「聖」を用いた「聖人」の語は早くも西周(前11世紀〜前8世紀)の金文に見える。上で触れた『論語』の「聖人」よりもはるかに古い例である。(2)がその一例であるが、(1)と同形の文字を用いつつも、構成が左右反転している。この「聖人」は、上でも述べたように、キリスト教の聖人とは意味合いが異なる。
(2) 師望鼎、『殷周金文集成』2812
春秋時代には「耳」の下にある「人」が「」の形へと変化し、現行の「聖」字に接近する。
(3) 曾伯桼簠、『殷周金文集成』4632
後漢・許慎の『説文解字』が下の(4)の小篆を採録するのは、この種の字形に由来するのであろう。『説文』は「聖」字の構成について、「从耳呈聲。」〔耳から構成され、呈が音を表す。〕のように「呈」を声符とする形声文字に分析するが、これはあくまでも許慎の時代の理解であって、上で述べたように「聖」字は元を辿れば、「耳」「口」「人」から構成された会意文字である。
(4) 『説文解字』小篆
最後に。いまこの原稿を書いているのは2024年11月19日であるが、12月12日に発表される2024年「今年の漢字」の予想で本稿を締めたい。
予想は「闇」である(「聖」だの「闇」だの、王道RPGっぽくなってしまった)。
次回「やっぱり漢字が好き34」は12月13日(金)公開予定です。
≪参考資料≫
郭沫若主編・中国社会科学院歴史研究所編『甲骨文合集』第1巻-第13巻、中華書局、1977年―1982年
中国社会科学院考古研究所編『殷周金文集成』第1冊-第18冊、中華書局、1984年-1990年
林志強『《文源》評注』、中国社会科学出版社、2017年
Schuessler, Axel. Minimal Old Chinese and Later Han Chinese. University of Hawaii Press. 2009
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能後の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。