「夏」字の成り立ちと展開【上】|やっぱり漢字が好き64
著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
夏ももう目の前である。子どもの頃、筆者には「夏」という字がずいぶん奇妙な形に見えた。小学生の目を通してみると、たとえば「春」という漢字は「日」がついており、麗らかなお日さまの存在を感じられるし、「秋」の「火」は紅葉した木々の色を連想させる。一方で、「夏」はその字形の中に季節を感じられる要素が全くない。「夏」こそ「日」がついていてもおかしくないと思うのだが・・・・・・。これが筆者が「夏」の字に対し妙な違和感を覚えた理由である。そこで今号と次号では、童心に立ち返って「夏」字の成り立ちを追ってみたい。
ある漢字がどのような成り立ちであるのかを考える際、まずは後漢の許慎によって編纂された『説文解字』を紐解くのが定石である。まずは『説文解字』が収録する「夏」字から見てみよう。
(1)「夏」秦代

図1(『設文』小篆)
図1は『説文解字』が掲出する小篆の「夏」である。この字形について『説文』は次のように分析する。
夏,中國之人也。从夊从頁从
。
,兩手,夊,兩足也。
〔夏は中国(=中原)の人である。夊と頁と
からなる。
は両手、夊は両足にあたる。〕
「頁」は顔を表す偏旁である。『説文』の言うように、
が両手、夊が両足だとすると、「夏」字は人の全体を描いた形に由来するということになる。さらに『説文解字』は「夏」字の原義を季節の夏(すなわちsummer)とは見なしておらず、「中原」、すなわち、周王朝の中心的地域(現在の洛陽附近)の人と解釈する。つまり『説文』から見れば、「夏」という文字は意味においても構成においても、季節とは何の関係もないということである。
一般的に小篆は秦の文字(秦系文字)に由来する。実際、戦国時代末期の秦の竹簡にもほぼ同形の「夏」が確認できる。
(2)「夏」戦国時代末期 秦

図2(睡虎地秦簡『日書乙』207号簡)
秦の竹簡(秦簡)の文字は秦隷と呼ばれ、小篆の俗体に位置付けられている。この種の秦隷が受け継がれつつ時代とともに簡略化されて、両手を表す「
」が省かれ、現行の「夏」字となったわけである。それでは、図2が基づくところの図1の「夏」字はどのように成立したのであろうか。そこでひとまず、最古のまとまった漢字資料である甲骨文から確認してみたい。
(3)「
(夏)」殷代後期

図3(『合集』27114)
図3は「夏」を表す漢字であろうと推定されている甲骨文である(劉釗1995)。
分解して見てみると、まず上の部品は「日」である。下にある部品は、顔が強調された人を象った文字で、「頁」である。つまり図3は楷書で書くと「
」に相当する。この文字は「夏」であろうと推定されているとは言え、甲骨文ではすべて人名として用いられており、summerの意味で使われているわけではない(そもそも甲骨文上の記録では、季節は春と秋のみで、夏と冬は存在しない)。
なぜ「
」が「夏」を表すのか。葛亮(2022)は、太陽が人の頭のてっぺんを照らす様を象った文字で、そこから日光の下の場所を「夏」と称し、日光が強烈な季節も「夏」と称するようになったと推定する。そう、「夏」は古くは「日」を持っていたということである。筆者の子供の頃の違和感は決して間違いではなかった。それでは、なぜ現在の「夏」は「日」を含まないのか?時代を追って、「夏」の字体の変遷を見ていきたい。
(4)「
(夏)」西周時代

図4 (伯夏父鬲:『集成』719)
図4は西周金文の「夏」である。
顔を示す「頁」から左へ手が伸び、手の上に「日」が置かれている。また下には人の足を表す「
」が強調して書かれている。なおこの図4の「夏」もsummerを意味してはいない。
(5)「夏」戦国時代初期

図5 (邳伯罍:『集成』1007)
図5戦国時代初期の「夏」字である。
顔を示す「頁」から左へ手が伸び、その上に「日」が置かれている。さらに「頁」右側にも手があり、下には「足」を象った「夊」が置かれている。これは図4の繁体と見なされ、図4に比べ、人体の構成がより詳細に描かれている。この「夏」もまたsummerの意味ではない。
(6)「夏」春秋時代

図6 (秦公簋:『集成』4315)
やや時代が前後するが、図6は春秋時代の「夏」である。
「頁」の下に左右に手おぼしきものが生えており、さらに下には足がある。一方で、ここまで添えられていた「日」が省かれている。この図6が秦系文字の「夏の」直接の祖先と考えられ、上段で挙げた図1・2へと続いていく、すなわち図6→1→2という字体の変遷を想定できる。これらはいずれも図3から5までの「夏」とは異なり、「日」を持たないという共通点を持っており、この点から見れば、図6は時間的には5の前のものであるが、字体構成という観点から見れば、5の後に位置付けられる。そして、現在の「夏」が「日」を含んでいないのは、秦系文字が「日」を含まない「夏」を選択した結果である。つまり秦の人々のせいなのである。なおこの「夏」もまたsummerの意味ではない。
今号はここまでにしたい。次号では、戦国時代に見える、もう1つの系統の「夏」字を紹介したい。
次回「やっぱり漢字が好き65」は6月15日(月)公開予定です。
≪参考資料≫
葛亮『漢字再発現』、上海書画出版社、2022年
魏宜輝「試析楚簡文字中的“
”“
”字」、『江漢考古』2002年第2期
商志
・唐鈺明「江蘇丹徒背山頂春秋墓出土鐘鼎銘文釈証」、『文物』1989年第4期
孫合肥「清華簡“夏”字補説」、『簡帛研究二〇一七(秋冬巻)』、広西師範大学出版社、2018年
趙平安「談談戦国文字中値得注意的一些現象――以清華簡《厚父》為例」、『出土文献与小文字研究』第6輯、上海古籍出版社、2015年
劉釗「《金文編》付録存疑字考釈(十篇)」、『人文雑誌』1995年第2期
≪参考リンク≫
≪おすすめ記事≫
なぜ「海」の中に「毎」があるのか【上】|やっぱり漢字が好き25 はこちら
あつじ所長の漢字漫談3 かっこよくキメたい「真夏の夜の夢」ーー盆の巻 はこちら
≪著者紹介≫
戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。