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「芝眉」は芝生のような眉ではない? 【漢検1級で出題された熟語を解説! 9】

「芝眉」は芝生のような眉ではない? 【漢検1級で出題された熟語を解説! 9】

著者:田中郁也(漢字文化研究所主任研究員)

 

 漢検最難関の1級では、約6,000字の対象漢字の中からさまざまな熟語が出題されます。中には、漢字そのものは知っていても、複雑な読み方やその言葉の意味を知らないと答えられない問題も。
 このコラムでは、実際に過去に漢検1級で出題された熟語を漢字文化研究所の専門家が、その背景なども詳しく解説します!


◇  ◇  ◇



 2022年第2回の1級の書き取り問題に、「尊師の シビ を拝する。」(標準解答:芝眉)という出題があります。今回はこの言葉の由来を見てみましょう。

1)「芝眉」は「尊顔」

 「芝眉」は人の顔つきの尊敬語で、「ご尊顔」といった意味合いの言葉です。ではなぜそのような意味になったのでしょうか。漢字ペディアは、その由来について

芝眉
[故事]中国、唐の時代に元徳秀(字(あざな)は紫芝)がりっぱな眉(まゆ)をほめられた故事から。〈『新唐書(シントウジョ)』〉


 といいます。容貌の尊敬的表現として定着するとは、元徳秀(695-754)の眉はどれほど立派だったのでしょう。芝生のように密生した眉を想像してしまいますが、どうやらそうではなさそうです。

2)「芝眉」の「芝」

 問題になるのが「芝」の意味です。現代日本語では「芝生」の芝を思い浮かべますが、中国古典での「芝」は別の意味で使われます。漢和辞典には、主に次のような意味が載っています。

① 霊芝――めでたいしるしとされた瑞草(マンネンタケ)
② きぬがさ――傘の一種。広がった形から。
③ 香草――ヨロイグサ。「芝蘭」の「芝」。


 私たちが普段使う「しば」の意味は日本でだけ使われるもので、中国語で「芝生」は一般に「草坪cǎopíng」といいます。「芝眉」の由来として挙げられる元徳秀は中国・唐代の文人ですので、「芝眉」は日本人が字面から想像するような、芝生のような眉という意味ではありません。


(霊芝〈マンネンタケ〉の若い個体。筆者採取)


3)元徳秀はどのような眉だったか?

 それでは、元徳秀はどのような眉だったのでしょうか。マンネンタケのような眉だったのでしょうか。それともヨロイグサのように香りの高い眉だったのでしょうか。
 本人を正確に写した肖像は残っていないため実際の姿はわかりませんが、後世、明代や清代の画像集には次のような姿が描かれています。

明・王圻『三才図会』 清・顧沅『古聖賢像伝略』
(国立国会図書館デジタルアーカイブより)

 いずれも、眉の形に特徴があるようには見えません。それもそのはず、彼が賞賛されたのは眉そのものではないからです。『新唐書』に載る彼の伝記を見てみると、その容貌について触れている箇所は、次の一文のみです。

 房琯每見徳秀、歎息曰、見紫芝眉宇、使人名利之心都盡。(『新唐書』列伝119)

 高潔な人物として知られた元徳秀について、当時著名な政治家であった房琯ぼうかん(697-763)が、「紫(元徳秀の字)の宇は、人の名利を求める心を消し去ってしまう」と感嘆したという話です。「眉宇」は『漢語大詞典』によれば「眉とひたいの間。また広く容貌を指す」という意味の言葉で、ここで賞賛されているのは、眉の形そのものではなく、彼の容貌であると考えられます。
 つまり、「紫」の高潔な「宇」(容貌)を褒めた表現が「芝眉」であると考えられるわけです。

4)元徳秀と「芝眉」

 「芝眉」はこのように元徳秀の故事に由来すると考えられてきました。例えば、女真族の建てた金朝のおうじゃくきょという文人は、「最近の人は、書簡では相手の顔のことを〈紫宇〉と書くが、これは〈芝眉〉でなければならない」といった旨のことを記しています(『なんろうしゅう』巻33)。13世紀、金代の人が書簡に使っていた「紫宇」という言葉は、元徳秀のあざなの二文字を含んだ、「紫芝眉宇」の四文字を前提とした表現なので、「芝眉」が元徳秀に由来すると考えられていたことの証拠と言えます。

5)元徳秀以前にも「芝眉」はあった

 ここまで読むと、「芝眉」は元徳秀に由来する言葉で決まり、と思えます。ところが、話はそう単純ではありません。実はそれより数百年も古い例が存在するのです。
 中国の代表的な辞典『漢語大詞典』は、晋・こうひつ(3世紀)の書いた『帝王世紀』にある、「呂望(太公望)は芝眉であった」という用例を掲載しています。『三国志』の英雄である、劉備の耳は肩まで垂れ下がっていたなどと語られるように、優れた人物は異相を持って生まれたとする考え方があります。物語『封神演義』によって日本でも有名な呂望(太公望)は、彼の偉業にふさわしく、余人とは異なる「芝眉」であったというのです。
 この『帝王世紀』の記述が正しく皇甫謐の書いたものであるならば、唐代の房琯による元徳秀評が生まれる前に、「芝眉」という言葉がすでに存在していたことになります。
 元徳秀の場合には、「芝眉」は彼のあざなの「紫芝」を踏まえた表現と見ることができます。これに対し、太公望にはそのような前提がありません。したがって、この場合の「芝眉」は、字面どおり「芝のような眉」を意味すると考えるほかないでしょう。
 では、太公望の眉はどのように「芝」だったのでしょうか。霊芝(マンネンタケ)の表面のように、ニスを塗ったように光り輝く眉だったとも考えられますし(このように解釈する辞書*1もあります)、あるいは目に覆いかぶさるような形の、傘のような眉だったのかもしれません。あるいはもっと抽象的に、「めでたい眉」というつもりでそう表現したのかもしれません。

6)まとめ

 以上を踏まえると、「芝眉」は元徳秀一人に由来する言葉というより、もともと「芝」に備わる瑞祥・高貴のイメージを背景に成立していたもので、唐代の元徳秀の逸話によって、あらためて広く知られるようになった、と考えるのが自然だと思われます。






次回は6月12日(金)に公開予定です。

≪注釈≫

1 『辞源』(商務印書館)第二版・第三版など。

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≪参考リンク≫

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