再び漢字の「馬」の点について|やっぱり漢字が好き63
著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
早いもので前回の有馬記念から5か月が経とうとしている。そしてこの季節といえば、日本ダービーである。今年は5月31日に開催される。
2025年12月の有馬記念直前に公開したコラム「走る馬、欠けた足―漢字の「馬」の点が語るもの|やっぱり漢字が好き56」で、「馬」字の中には、足の部分が3点や2点で書かれるものが存在することを取り上げた。
足が2点で書かれている一例として、スマートフォンのゲームアプリ『ウマ娘 プリティーダービー』の中の「
」字を紹介した。公式の説明(『トゥインクル!Web』Vol.23)によると、2点の「
」はゲームの中でウマ娘が2本の脚で駆ける様から成り立っているという。
56号の内容はここまでであった。今号では『ウマ娘』の中で、独体の「馬」ではなく、「馬」が偏旁として用いられた場合に、どのような形で書かれているのかという点について探っていきたい。なお、ここのところ本コラムで「馬」の話題が多いのは、今年が午年だからである。直近半年内で「馬」に関するコラムは、前掲の56号、および「うま年と干支「午」の字源」 |やっぱり漢字が好き55」がある。
56号公開後、漢検 漢字教育サポーターの認定エキスパート講師である吉田敏治氏からコメントが寄せられた。吉田氏は2点足の「馬」に興味を覚え、『ウマ娘』のオフィシャル刊行物である『トゥインクル!Web』Vol.1〜45を通覧し、馬偏の文字の出現する巻数を調査したとのことであった。以下が、吉田氏による調査結果である(なお、同一号に同じ文字が複数個出現しても、「1回」とカウントする)。
馬偏の字:全て4点の「馬」を用いる。
「験」1回(Vol.8)
「駿」2回(Vol.10, 23)
「駆」3回(Vol.12, 19, 23)
「駅」1回(Vol.15)
単独の「馬」:全て2点の「
」
「有
記念」 1回(Vol.17)
「流鏑
」 1回(vol. 22)
「
偏」 1回(vol. 23)
独体の「馬」が2点の「
」で書かれているにもかかわらず、馬偏が4点の「馬」である理由について、『トゥインクル!Web』Vol.23に以下のように詳述されている。曰く、
「
」という字はウマ娘が二本の脚で駆ける様から成り立っており、元は
偏も同様の形だった。しかし、とある歌人が狂歌の中で駆・駿などの字の
偏を「点四個」で記し始めた。曰く「駆けるウマ娘の足の動きは余りに速く、我が目には四本にも見えるほどだ」と。その表記は歌人の間で流行りに流行り果てには庶民にまで広まっていき、明治ごろには「点四個」の
偏はすっかり人々の間で一般的になっていたのだとか。
つまり『ウマ娘』の世界観の中では、先に2点の「
」があり、後から4点の「馬」が派生したということである。
この説明は、ゲーム制作者が馬偏の文字までをも逐一2点の「馬」で作字する煩雑さを避けるための言い訳と見なすこともできるが、それはともかく、独体の「馬」と、偏旁としての「馬」が異なる字体で書かれるという現象は、古い漢字を研究している身としては、実に興味深い。というのも、類似の現象が、中国戦国時代の「馬」字の分布に見られるからである。
中国の戦国時代には、多くの俗体(略体)が生み出された。俗体は、大量の文字を短時間に書く必要性から生じたものだが、戦国中期に各国の法が整備され、文書による統治と行政システムが普及したことが、俗体が普及する原動力となったと考えられる。
そして、俗体は文化的先進地域である中原から生み出されたため、戦国の七雄(秦、楚、斉、燕、趙、魏、韓)の間で、漢字の俗体の発展度合いに差が生じた。中でも、最も西側に位置する秦は文化的に他国の後塵を拝し、用いられる漢字も最も保守的で、そのため、文字の変化も遅く、俗体が発展したのは戦国時代後期になってからであった。一方、東側に位置する六国は、早い段階で俗体が発展した。
戦国時代の各国の俗体の差を示す材料として、しばしば「馬」字が取り上げられる。次の図1は「馬」字の分布を地図に落とし込んだものである。
図1 戦国時代「馬」字の地域分布(宮本徹・大西克也2009)
「馬」字は各国で多様な字形を呈しているが、具に比較してみると、燕・中原・楚は一律、馬の胴体部分を一本線や二本線に省略した俗体を使用しているのに対し、秦と斉では胴体部分を省略せずに描いている。
ここで南方の大国、楚の「馬」に注目したい。楚では「馬」字を独体で用いるとき、上の図1に見られるような俗体を用いるのだが、一方で「馬」を偏旁として用いる場合は、しばしば古い字体、すなわち簡略化される前の字体が用いられる。たとえば、次は戦国時代の楚で筆写された竹簡(楚簡)の例である。
(1) 独体の「馬」
(葛陵簡233号簡)
(2) 偏旁の「馬」
馭:
(包山楚簡33号簡)
:
(清華簡『子儀』12号簡)
(2)ではいずれも左側に、胴体部分が簡略化されていない「馬」を用いている。同種の字でありながら、独体と偏旁で異なる字体を用いる、特に独体に対して筆画の少ない字体を用いるという楚簡の現象は、まさに『ウマ娘』の「馬」の分布とも一致する(ただし、楚簡では筆画の少ない方が新興の字体であるのに対し、『ウマ娘』では筆画の少ない方が来歴の古い字体であるという点で違いはあるが)。
最後に余談ながら、近所で見かけた興味深い一例を。下の図2では、「鮮」の偏に俗体の「
」が用いられており、独体の「魚」と字体が異なる。
図2 筆者撮影
次回「やっぱり漢字が好き64」は6月1日(月)公開予定です。
≪参考資料≫
宮本徹・大西克也 『アジアと漢字文化』、放送大学教育振興会、2009年3月
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。