姓名・名づけ

新聞漢字あれこれ196 拍手が湧いて会場が沸きます

新聞漢字あれこれ196 拍手が湧いて会場が沸きます

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語委員)



 「3000人の学生から地鳴りのような歓声がワいた」――。この場合の「ワいた」の「ワ」に、みなさんは「沸」と「湧」のどちらの字を当てますか。

 こんなケースではよく「沸」で書かれてくる記事が多いのですが、ここは「湧」としたいところです。「『沸』でないと感じが出ませんよ」などと言う人がいますが、その気持ちは分かるものの、感じで漢字を決めるわけにはいきません。共同通信社の『記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集』は「沸く」と「湧く」の使い分けについて、次のように示しています。


わく
=沸く〔沸騰、熱狂する〕
議論が沸く、市場が沸き立つ、場内が歓声で沸く、大記録に沸き返る、人気が沸く、風呂が沸く、湯沸かし器

=湧く〔わき出る、生じる〕
温泉が湧く、希望が湧く、雲が湧き立つ、実感が湧く、場内に歓声が湧く、石油が湧く、血湧き肉躍る、拍手が湧く、降って湧いた災難、勇気が湧く、湧き出る涙、湧き水

 例文の「地鳴りのような歓声」といえば、熱狂している状態なので「沸」だと言う人がいますが、そうはなりません。使い分け例に「場内が歓声で沸く」「場内に歓声が湧く」とあるとおり、「歓声が湧き、その結果、場内が沸く」のです。例文で「沸」を使いたいならば、「3000人の学生の地鳴りのような歓声で(場内が)沸いた」のようにすればよいでしょう。
 「歓声」と同様に注意したい語に「拍手」があります。これも同じように、「拍手が湧き、その結果、場内が沸く」と考えて、「場内が拍手で沸く」「場内に拍手が湧く」と使い分ければよいわけです。これらは新聞が独自に決めた基準というわけではありません。文化審議会国語文科会の『「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)』の「湧く」の用例に「拍手や歓声が湧く」とあります。
 ちなみに、「湧」は2010年に常用漢字表に入りました。そのため、それ以前は新聞では「沸く」と仮名書きの「わく」で使い分けをしていたことがあります。お粗末な話ですが、当時の校閲記者の中に「判断がつかない」と言って、何でも「わく」と平仮名表記にしている人がいました。いただけませんね。考えることを放棄していては、良い仕事などできるわけがありません。 

次回、新聞漢字あれこれ第197回は9月9日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

氏原基余司『漢字の使い分けハンドブック』朝陽会、2017年
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『漢字の使い分けときあかし辞典』研究社、2016年
『「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)』文化庁、2014年
『記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集』共同通信社、2022年
『新聞用語集 2007年版』日本新聞協会、2007年
『新聞用語集 2022年版』日本新聞協会、2022年


≪参考リンク≫

「日経校閲X」 はこちら

漢字ペディアで「」を調べてみよう
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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語委員

1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。記事審査部次長、研修・解説委員、用語幹事などを経て現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。専修大学国際コミュニケーション学部協力講座講師。漢検 認定エキスパート講師。漢字教育士。

著書に『新聞・放送用語担当者完全編集 使える!用字用語辞典 第2版』(共編著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『日本語ライブラリー 文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。日経BizGate『誰かに話したくなるビジネス日本語』、三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。



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