四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り38:「相互扶助」は100年前の記憶

四字熟語根掘り葉掘り38:「相互扶助」は100年前の記憶

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 ある辞書に載せることばを、どのようにして決めるか?

 そこには、辞書の編集部ごとに、いろいろなやり方があることでしょう。ただ、似たような内容の既刊の辞書に載っているかどうかが、1つの判断材料になることは、まぎれもない事実です。

 新しく四字熟語辞典を編集しようとする場合でも、同じこと。まずは既刊の四字熟語辞典を何冊か買ってきて、その収録語を分析することから、仕事は始まります。私も数年前に、実際にその作業をしてみましたが、そのとき、「おやっ?」と思う四字熟語が、いくつかありました。

 その1つが、今回、取り上げる「相互扶助(そうごふじょ)」。平たく言えば〈お互いに助け合うこと〉といった意味ですが、「相互」と「扶助」の2つの二字熟語がくっついただけで、それほど深い意味合いを持つとは思えません。ところが、分厚い四字熟語辞典から小さな四字熟語辞典に至るまで、私が集めたもののうち8割ぐらいの辞書が、このことばを収録しているのです。

 不思議に思って調べてみると、このことばは、クロポトキンという、19世紀から20世紀にかけて活躍したロシアの思想家が唱えた考え方だ、ということがわかりました。当時は、ダーウィンの進化論をきっかけにして、優れた者が勝つのが自然の摂理だという考え方が広まっていた時代。この人は、それに対抗して、お互いに助け合う「相互扶助」によってこそ社会は進化していくのだ、と主張したのだそうです。

 そう言われてみれば、昔、大正時代や昭和初期の小説を読んでいたとき、クロポトキンという名前には何度か出会った記憶があります。そのころの日本社会では、彼の主張が大きな影響力を持ち、「相互扶助」ということばもよく使われていたのです。

 とはいえ、クロポトキンが亡くなってそろそろ100年。残念ながら、彼の思想が今でも広く知られているとは、言えないでしょう。「相互扶助」ということばも、たとえば進化論から生まれた「優勝劣敗(ゆうしょうれっぱい)」のように一般語となっている、とは思えません。なのに、四字熟語辞典の多くがいまだに「相互扶助」ということばを収録し続けているというのは、ちょっと時代遅れの感がなきにしもあらずですね……。

 でも、「歴史は繰り返す」。現在だって、クロポトキンの時代と同じように、世の中には格差が広がり、社会のさまざまな矛盾が表面化しています。「相互扶助」という考え方は、案外、古びてはいないのかもしれません。

≪参考リンク≫

『四字熟語ときあかし辞典』で、四字熟語をもっと身近に!

≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。 また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。 ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!

●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

≪記事画像≫

クロポトキンの肖像

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