新聞漢字あれこれ23 大阪伝統の「すし」を表現!
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
新聞で「」という珍しい字を見つけたのは2009年のことでした。大阪のすし店で使われている字で、「すし」と読ませます。関西で「すし」といえば「鮓」の字がよく使われるというのは知っていましたが、「」の字を見るのは初めてでした。5月、現地に行きこの字を確認してきました。
「」を使っているのは1841年(天保12年)創業の吉野寿司で、「箱寿司」発祥の店として知られています。5月中旬、日本語学会の春季大会(甲南大学)に参加するのにあわせ、大阪市中央区淡路町の本店を訪問。字の存在を知ってから10年、〝本物〟の「」の字を見せていただくとともに、大阪伝統の箱寿司も味わってきました。
会社名としては「吉野寿司」なのですが、店の看板は「」となっています。この文字の元になったのが店の1階に飾ってある「」の書で、明治・大正期の書道の大家・比田井天来(ひだい・てんらい、1872~1939年)の筆によるもの。6代目で同社会長の橋本英男さんによれば、当時いくつかの寿司店で店の名前を揮毫(きごう)していた比田井に依頼したものだといいます。
「」には「つけうを(漬け魚)、大きな魚」(大漢和辞典)の意味があり、同社本店内には「昔中国で羊肉魚肉を飯の上に置き御飯の醗酵による江州の『ふなずし』の原形になるもの」との説明が掲げられていました。フナなどを使った「なれずし」をはじめとする日本古来の寿司に近い「押し寿司」。明治初期に3代目の寅蔵さんがこの押し寿司に鯛、エビ、穴子といった高級食材を用い寿司飯にも工夫を凝らした「箱寿司」を考案しました。見た目にも美しい押し寿司を表現するのに「」という字を当てたのでしょう。
箱寿司は、縦横2寸6分(約8センチ)の木枠の中に、日本料理の煮物、酢の物、焼き物、蒸し物の仕事が彩り良く凝縮され、その形と大きさから「二寸六分の懐石」ともいわれています。関東に多い「鮨」でもなく、関西で使われる「鮓」でもない「」という字に、その思いが込められているような気がしてきます。
「すし」にはいろいろな漢字が当てられ、「酸し」が語源だという説もあります。新聞では原則「すし」と表記し、店名や企業名など固有名詞では「寿司」「鮨」「鮓」なども使われます。ちなみに、「」に似たもので「」という字があります。こちらの意味は「干物、干し魚」。この原稿を書いているときに、パソコンであやうく間違えて入力しそうになりました。1画違いで大違い。「」では「すし」になりません。
≪参考資料≫
神永曉『悩ましい国語辞典―辞書編集者だけが知っていることばの深層―』時事通信社、2015年
小林肇「新聞の外字から見えるもの」明治書院『日本語学』2016年6月号
笹原宏之『当て字・当て読み漢字表現辞典』三省堂、2010年
笹原宏之『方言漢字』角川選書、2013年
白川静『字通』平凡社、1996年
諸橋轍次『大漢和辞典 巻十二 修訂第二版第五刷』大修館書店、1999年
ユニコード漢字情報辞典編集委員会『ユニコード漢字情報辞典』三省堂、2000年
「ほおばる家族に笑顔 夏におすすめ取り寄せずし」2009年7月11日付日経プラスワン
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「寿司」を調べよう
漢字ペディアで「鮨」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。
著書に『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。
≪記事画像≫
全て著者が撮影したもの