歴史・文化

漢字コラム45「候」狭い穴から様子をうかがう

漢字コラム45「候」狭い穴から様子をうかがう

著者:前田安正(未來交創株式会社代表取締役)

 書き取りで間違いやすいのが「候」と「侯」。人偏「亻」の右側に縦棒があるかないかの違いです。よく似た二つの漢字について、その字源などを順に見ていきたいと思います。まずは「候」からです。

 「候」は「亻+矦」でできています。にんべんの右側は「矦=侯」が変化した形だと言います。「矦」のなかには「矢」があります。中国の字書「説文解字」は、「矦」を「まと」であると記しています。また「釈名」には「候は護である。諸事を司護するのだ」とあります。「矦」は的を射る様子を表すと言われ、「細い穴を通す」というイメージがあるので、狭い穴を通して様子を窺い見るとする説もあります。

 「風吹けば波か立たむと伺候(さもらひ)に都太(つだ)の細江に浦隠(がく)り居(を)り」。万葉集の中で、山部赤人がこう歌いました。風が吹くので波が荒れるかと様子をうかがって、都太の細江の浦に隠れている日々だ、というような意味です。細江は、狭い入り江のことです。ここでいう「伺候」は、様子をうかがうということです。「さもらふ」は「侍ふ」「候ふ」とも表記します。

 また、韓非子の備内にも「耳目と相為り、以て王の隙を候ふ」(耳となり目となって王のすきをうかがう)とあり、ここも様子をうかがうという意味で使われています。こうした使い方から「候」には「うかがう」という意味があることがわかります。辺境を偵察したり歩哨に立ったりする兵を「辺候」と言います。

 「うかがう」は「ご機嫌をうかがう」「訪ねる」と、さらに「待ち受ける」という意味も持つようになりました。物事が変化する状況を表し、兆しという意味も加わり、「兆候」「徴候」などのことばも生まれました。また、時期や季節の兆しにも共通し「時候」「雪候」、気象上の変化を5日ごとに表したものを「節候」と言います。

 選挙などで使われる「候補」というのは「将来ある地位につくのを待つこと、その資格のある人」という意味です。中国の清代では、任官待機の人を「候補」と言いました。国政選挙などの候補者とは議員としての資格があり、その地位を待つ人たちのことを言うのです。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「候」を調べよう。

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≪参考資料≫

「漢字の起原」(角川書店 加藤常賢著)
「漢字語源辞典」(學燈社 藤堂明保著)
「漢字語源語義辞典」(東京堂出版 加納喜光)
「言海」(ちくま学芸文庫 大槻文彦)
「学研 新漢和大字典」(学習研究社 普及版)
「全訳 漢辞海」(三省堂 第三版)
「漢字ときあかし辞典」(研究社、円満字二郎著)
「日本国語大辞典」(小学館)、「字通」(平凡社 白川静著)は、ジャパンナレッジ(インターネット辞書・事典検索サイト)を通して参照
前田安正オフィシャルサイト「ことばデザインワークス・マジ文ラボ」https://kotoba-design.jp/

≪著者紹介≫

前田安正(まえだ・やすまさ)
文章コンサルティングファーム「未來交創株式会社」代表取締役。朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長。
早稲田大学卒業。事業構想大学院大学修了。1982年朝日新聞社入社。名古屋編集センター長補佐、大阪校閲センター長、用語幹事、東京本社校閲センター長などを経て、現職。
早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校、オンライン学習サイトSchoo(スクー)で文章教室を担当、自治体や企業の広報研修などにも多く出講。
主な著書に『漢字んな話』『漢字んな話2』(以上、三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『「なぜ」と「どうして」を押さえて しっかり!まとまった!文章を書く』『間違えやすい日本語』(以上、すばる舎)。2017年4月発売の『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)は8.5万部を突破。6月に『3行しか書けない人のための文章教室』(朝日新聞出版)を発売。2018年7月に『クレオとパトラのなんでナンデさくぶん』(大和書房)、2019年2月『ヤバいほど日本語知らないんだけど』(朝日新聞出版)を発売。
一部地域を除き、4月から朝日新聞土曜夕刊にコラム「あのとき」を連載(マジ文ラボからも読めます) 。
前田安正オフィシャルサイト「マジ文ラボ」はこちら

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