新聞漢字あれこれ72 新型コロナウイルスとの戦い方
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
スポーツ特集面の見出し表記について質問を受けました。「揺れるスポーツ界 コロナと戦う」。この場合の「戦う」は、「闘う」とすべきなのかどうか。
この見出しのついた記事には、直接「たたかう」という表現は出てきません。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、球場やスタジアムへの入場制限が続くスポーツ界がどのように対応していくのかが報じられていました。入場料以外から収益を得る新しいビジネスモデルを構築する取り組みがいくつか紹介されています。こうした動きをコロナとの「たたかい」に見立てたわけですが、さて「戦」「闘」のどちらを当てるべきだったでしょうか。
文化審議会国語分科会の『「異字同訓」の漢字使い分け例(報告)』は「たたかう」について次のように示しています。
【戦う】武力や知力などを使って争う。勝ち負けや優劣を競う。
敵と戦う。選挙で戦う。優勝を懸けて戦う。意見を戦わせる。
【闘う】困難や障害などに打ち勝とうとする。闘争する。
病気と闘う。貧苦と闘う。寒さと闘う。自分との闘い。労使の闘い。
かなり迷うところではあります。2020年から1年以上続くコロナ禍の状況を考えると、困難や障害などに打ち勝とうとする「闘う」が適切ではないかと担当者は思い、疑問を投げてきました。「病気と闘う」という用例もありますし、「闘う」が良さそうにも見えますが、最終的に「戦う」のままでいくことにしました。
「コロナと闘う」とすると、ウイルスに感染し「闘病」しているような感じにもとれてしまうからです。ここはスポーツ面ということもあり「勝ち負けを競う」、コロナの影響による収入減に対し「知力などを使って争う(収益を上げる工夫をする)」と考えて、「戦う」を選びました。
円満字二郎さんの『漢字の使い分けときあかし辞典』には「《戦》と《闘》の使い分けでは、理屈にこだわりすぎず、その場に応じた漢字を選択するように心掛けたい」とありました。答えは必ずしも1つではありません。新型コロナウイルスとのたたかい方も、立場や状況により「戦」の人もいれば「闘」の人もいることでしょう。紙面では「戦」にしましたが、字は異なっても打ち勝とうとする思いは同じです。
≪参考資料≫
氏原基余司『漢字の使い分けハンドブック』朝陽会、2017年
文化審議会国語分科会『「異字同訓」漢字の使い分け例(報告)』2014年
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『漢字の使い分けときあかし辞典』研究社、2016年
『記者ハンドブック 第13版 新聞用字用語集』共同通信社、2016年
『新聞用語集 2007年版』日本新聞協会、2007年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』三省堂、2020年
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「戦」を調べよう
漢字ペディアで「闘」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。
≪記事画像≫
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