漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ79 「足」と「脚」 使い分けの線引きは…

新聞漢字あれこれ79 「足」と「脚」 使い分けの線引きは…

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 「ちょっと、この記事の『足』は『脚』でしょ!」「いやいや、これは直す必要はないですよ」。20年くらい前でしょうか。スポーツ面の校閲をしていて、上司と意見が合わなかったことがありました。

 新聞の校閲は、その紙面を担当する校閲記者とデスク(上司)の二人三脚のようなダブルチェックで行います。「足」と「脚」のやりとりのきっかけになったのは、スポーツ面の記事に出てきた「足の故障」でした。あるプロ野球選手がふくらはぎを負傷したという内容でしたが、デスクは「脚の故障」であるべきだと主張したのです。参考に『新聞用語集』の足・脚の項目を見てみましょう。

 足 〔一般用語。主として足首から先の部分〕
 脚 〔主として太ももから下の部分、動物の脚部、物を支える部分〕

 こうして見ると、ふくらはぎは「太ももから下の部分」であり「足首から先の部分」ではないので、デスクの言うように「脚」のほうが正しいような気もします。ただし、足は「一般用語」とあり、脚は「動物の脚部」ですから、「足」のまま直す必要はないと思います。用語集が示しているのは「人間の場合は一般用語として『足』を使い、『脚』を使うのは『脚の線』など限定的になる」というところでしょうか。人間も動物に違いありませんが、用語集は人間以外の動物のことを言っているはずです。

 円満字二郎さんは『漢字の使い分けときあかし辞典』で、足と脚の違いと使い分けを解説したうえで、「長さを特に意識しない表現では、《脚》を使っても問題はないものの、習慣的に《足》を用いることが多い」「慣用的な表現でも、《足》の方が人気がある(中略)比喩的な表現でも、《足》を用いる」「意味の上からは《脚》がふさわしそうなものでも、《足》を書くのが習慣になっている」と書いています。確かにそのとおりですね。『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』でも、使い分けのポイントとして「『足』は『脚』との対比では『足首から先』を言うが、『足を組む』『足を伸ばす』『手足が長い』など『太ももから下』を指す言い方もある」と示しています。

 私はこのデスクによく反論していたので、怒鳴られたりにらみつけられたりしていましたが、記事を改悪するような直しは許せません。個人の不勉強により校閲業務の信頼をおとしめるようなことをしてはいけないのです。このデスクは、足と脚について妙なこだわりがあるのか、その後も何度も同じことを主張していました。後日、「某デスクは足立(あだち、姓)さんの『足』を『脚』に直そうとした」「それでは脚立(きゃたつ)さんになっちゃうよ」という笑い話ができて、今も部署の一部で語り継がれています。

 「足」と「脚」。使い分けの線引きは簡単なようで、実は難しいところもあるのです。

≪参考資料≫

氏原基余司『漢字の使い分けハンドブック』朝陽会、2017年
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『漢字の使い分けときあかし辞典』研究社、2016年
『新聞用語集 2007年版』日本新聞協会、2007年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』三省堂、2020年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「足」を調べよう
漢字ペディアで「脚」を調べよう
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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。
2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

mako/PIXTA(ピクスタ)

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