漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ95 「森」と「杜」 異なるイメージ

新聞漢字あれこれ95 「森」と「杜」 異なるイメージ

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 NIKKEIことばツイッターに「マンション広告で自然豊かな立地を『○○の(もり)』と表現することが多い」という内容の投稿文がありました。確かに「」はそんな使われ方をしていて、「森」は少ないような気がします。

 「」を「森」の意味で用いるのは日本独特のようで、『字通』には「わが国では『もり』とよんで、のある茂みをいう」とあります。円満字二郎さんの漢字の使い分けときあかし辞典』によると「『』と形が似ているところから、神のまわりに広がる〝樹木がたくさん生えている場所〟、いわゆる〝鎮守の『もり』〟を指して使われるようになった」とのこと。「」の持つ神秘的で閑静なイメージは、高級・特別感を出したいマンション広告に不可欠なものなのかもしれません。

 では新聞で「」はどのように使われているのか。記事データベースで日本経済新聞での使用例を調べてみました。2021年1~12月の1年間で「」の登場回数は187回とそれほど多くはありません。常用漢字ではないこともあり、一般用語としての使用はまれで、大部分が固有名詞またはそれに準ずるものでした。そこから姓名、地名・自治体名を除いた使用例を見ることで、「」の字が持つイメージと、使い手の思いが何となく見えてきます。

 公園、博物館、歴史・文化施設、老人ホーム、公営墓地、慰霊施設……。静粛さが求められる場所に多く用いられています。マンションもそうですが、再開発エリアなどの名称に使われるのは、立地の良さをアピールするものだと言えそうです。「のスタジアム」は明治神宮外苑に建てられた国立競技場のコンセプトですが、これが「森のスタジアム」だと受けるイメージが相当違ってしまいそうですね。

 十数年前、12歳下の元同僚が仙台支局へ赴任することが決まったとき、「青葉城恋唄だね」と声をかけたら、「親にも言われましたが、初めは何のことか分かりませんでした」との返事。我々からすれば、仙台といえば、さとう宗幸さんのヒット曲「青葉城恋唄」(1978年)で、歌詞の「の都」がすぐに思い浮かぶものです。このとき、世代ギャップを強く感じました。

 共同通信社の『記者ハンドブック』では、「」は「森」に置き換える表記ルールになっていて「仙台の『の都』などは名称通り書く」と注記されています。「の都」といえば仙台であり、仙台市に拠点がある「の都信用金庫」は地域経済面(東北)でよく見ます。読者のみなさんが持つ「」のイメージとはどんなものでしょうか。

≪参考資料≫

『当て字・当て読み 漢字表現辞典』三省堂、2010年
『「あ、それ欲しい!」と思わせる 広告コピーのことば辞典』日経BP社、2017年
『漢検・漢字ファンのための 同訓異字辞典』東京堂出版、2012年
『漢字の使い分けときあかし辞典』研究社、2016年
『記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集』共同通信社、2022年
『字通』平凡社、1996年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「杜」を調べよう
漢字ペディアで「森」を調べよう
「NIKKEIことばツイッター」はこちら

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

メソポタミア / PIXTA(ピクスタ)

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