新聞漢字あれこれ96 「撰」と「選」 新撰組は間違いか?
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
仕事柄、新聞の訂正記事が気になります。誤りの内容はいろいろですが、誤字に関するものは自分と直接関係はなくても「ああ、やってしまったか」と思うことも。先日は、ある新聞に「撰」と「選」の間違いがありました。
新聞を広げると、右片隅の訂正記事が目に飛び込んできました。内容は、政党の「れいわ新選組」を「れいわ新撰組」と誤記したというもので、この手のミスはよく起こります。「しんせんぐみ」と入力して変換キーを押すと「新撰組」だけが候補に出てくるパソコンがあるからです。私の職場でも何度かミスの事例として報告が上がってきたことがあります。選・撰とも「セン/えらぶ」と読み、違いといえば常用漢字(選)と人名用漢字(撰)であることと、撰は「〝詩歌や文章を編集して書物を作る〟という意味で用いられる」(漢字ときあかし辞典)といったところでしょうか。
江戸時代末期の1863年(文久3年)に尊攘派浪士らの鎮圧のために組織された浪士隊「しんせんぐみ」。漢字表記としては「新選組」「新撰組」の2通りを目にします。現存する資料でも、局長だった近藤勇をはじめ隊士らが書いた手紙にはどちらの表記も残されていて、いずれも正しいものとされています。中型国語辞典の『大辞林』や『広辞苑』でも両様併記する形をとっています。
ただ、隊の公印が「選」を使っていたとされることなどから、現在の表記としては、新聞や歴史教科書では「選」とする傾向が強くなっています。日本経済新聞電子版にはかつて「ことばオンライン」という連載コラムがあり、2010年に「新選組・新撰組」を取り上げました。当時の担当記者が高校日本史教科書全18種を調べ、「選」表記が「撰」より優勢だったという結果が出ています。この記事は後に『謎だらけの日本語』に収録されたほか、笹原宏之・早稲田大学教授の『当て字・当て読み 漢字表現辞典』にも引用されました。
もとの「しんせんぐみ」が、新選組・新撰組のどちらで書いても〝正解〟なのに対し、政党名は「新選組」でなければならないのも何やら不思議な気がしますが、登録された固有名詞であるため、こればかりは仕方がありません。記事を書く側も校閲する側も注意が必要です。
今年は、新選組を世に知らしめた小説家・子母澤寛(しもざわ・かん、1892~1968年)の生誕130年に当たり、ゆかりの地で関連するイベントが開かれています。子母澤のデビュー作も「選」の字を用いた『新選組始末記』(1928年)でした。少し新しいところでは、2004年のNHK大河ドラマも「新選組!」でしたね。著作物には「新選組」「新撰組」とも固有名詞として存在するので、新聞記事に出てくれば校閲記者は確認を怠れません。
≪参考資料≫
佐々木智巳「『新選組』 迷う『せん』の漢字」日本経済新聞電子版2010年5月4日
丹羽秀人「蝦夷物語~馬込文士村が生んだ作家子母澤寛」子母澤寛生誕130年記念講演資料、2022年
『謎だらけの日本語』日本経済新聞出版社、2013年
『当て字・当て読み 漢字表現辞典』三省堂、2010年
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『広辞苑 第七版』岩波書店、2018年
『大辞林 第四版』三省堂、2019年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』三省堂、2020年
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「選」を調べよう
漢字ペディアで「撰」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。