新聞漢字あれこれ80 誤字の原因を探っていくと…
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
校閲記者を長く続けていて思うのは、文字情報のある所には必ずと言っていいほど誤字が潜んでいるということです。誤字が発生する理由はいろいろありますが、先日こんなことがありました。
今年に入り、新聞記事中で「繁」であるべきものが「繫」に誤植されたことが3回も続きました。初めは5月、「繁栄」であるはずが「繫栄」となっていたのです。活字を拾う時代ならばともかく、字形が似ているとはいえパソコンで入力するのになぜそうなったのか疑問でした。
2回目は8月。「頻繁」のはずが「頻繫」に。2回とも新聞記者が書いたものではなく、外部筆者による寄稿でした。不鮮明な原稿からOCR(光学式読み取り装置)で似た字を拾ってしまったのかと思いきや、筆者の書いたデータをそのまま使ったとのこと。原因が分からないまま1カ月が過ぎてしまいました。
9月18日夜、なんだかこのミスのことが気になり、寝床からスマートフォンで「繁」と「繫」をキーワード検索したところ、ありました。数年前、誰が書いたものかは分かりませんが、パソコン内蔵の日本語変換システムで、「繁栄」など「繁」の字を含む熟語が「繫」と誤変換されるという内容でした。「誤字の原因は変換辞書だったのか」と分かり、翌日よく調べてみようと、久しぶりにすっきりした気分で眠ったものでした。
ところが翌19日の朝、「繁華街」が「繫華街」となっている記事を見てしまったのです。やはりこれも寄稿。もう少し早く気付けば、3回目のミスを防げたのではないかとショックでした。記者が書いたものでしたら、新聞仕様にした自社で管理する変換辞書を使いますので、このような誤変換はしなかったはずですが、寄稿者が自身のパソコンを使って執筆したものだったのでしょう。とはいえ、校閲記者は紙面チェックをしていたわけですから、誤字の見落としをしているのも事実です。1字1字チェックしているつもりでも、文脈から誤字を頭の中で正しい字と思い込んで読み込んでしまうことがあります。気をつけなければいけません。
くだんの日本語変換システムも、誤変換の指摘を受けて「繁栄」「頻繁」などは正しく表示されるように改善されたようです。膨大な文字情報に誤りがあるのは、ある意味、仕方がないことです。新聞もそうですが、辞書だって誤りがゼロというわけにはいきません。だからこそミスに気付いたときに改善し、より良いものにしていくことが大事になってきます。
実は調べていくと、私のメモに2018年の記事で「繁昌亭」が「繫昌亭」になっていたとの記録が残っていました。この時は記事の情報の出どころである資料が間違っていたことを思い出しました。元資料もパソコン辞書の影響で間違っていたということだったのでしょう。そこまで考えが至りませんでした。
朝日新聞社で用語幹事を務める比留間直和さんは、パソコン用のかな漢字変換ソフトに関し26年前のコラムで「記事ばかりでなく機器類の性能、精度に対しても、校閲者が目を配るべき時代が来ているのかもしれない」と述べています。私にこの視点が欠けていたことが、気づきの遅れとなりました。反省です。
≪参考資料≫
比留間直和「ソフトも点検?(赤えんぴつ)」1995年12月14日付、朝日新聞朝刊
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「繁」を調べよう
漢字ペディアで「繫」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。
≪記事画像≫
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