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新聞漢字あれこれ97 「驒」 組み合わせは1つだけ?

新聞漢字あれこれ97 「驒」 組み合わせは1つだけ?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 「驒」の字を見て皆さんは何を思い浮かべますか。新聞記事を調べてみると「驒」単独ではまず使われません。登場するのは、あの地名に関係するものばかりでした。

 『漢検 漢字辞典』で「驒」を調べると、準1級に配当されていて、読みは「タン・タ・ダ」、意味は「白いまだらのある青黒色のウマ。連銭あしげ」とありました。とはいえ、私たちは普段の生活でこうした使い方を見ることはまずないでしょう。では、熟語にはどんなものがあるのかと思い『字通』を見ると「驒騱(てんけい)=野馬の属」と「驒驒(たんたん)=馬の疲れあえぐさま」の2語が載っていましたが、どちらもなじみがありません。

 やはり地名の「飛驒」で見るのがほとんどだと思われます。2000~2021年(22年間)の日本経済新聞の朝夕刊での使用例を記事データベースで調べても「飛+驒」の組み合わせしか見られませんでした。ちなみに2021年の日本経済新聞紙面に登場した「驒」は140回で、すべて岐阜県の地名「飛驒」とそれに関係する固有名詞ばかりです。

「飛驒」が記載されている案内標識

 日経の記事には登場していませんが、飛驒の地名は岐阜県以外にもあります。奈良県橿原市飛驒町は飛鳥時代に藤原京造営のため飛驒国(現在の岐阜県飛驒市、下呂市、高山市、大野郡域)から招集された木工集団「飛驒匠(ひだのたくみ)」が住んだ場所だと伝わっていて、富山県黒部市飛驒と南砺市飛驒屋は飛驒国出身者が開拓したとする説があるといいます。『増補改訂JIS漢字字典』によれば、飛驒と書いて「ひだ」「ひだん」と読む姓もあり、こちらも飛驒国と関係があるのでしょうか。

 新聞で「飛驒」はブランドとして見ることがあります。「飛驒牛」「飛驒の家具」などに高級感や品質の高さをイメージする人も多いはず。ニュートリノの研究でノーベル物理学賞をもたらした研究拠点「スーパーカミオカンデ」の所在地、大ヒットしたアニメ映画「君の名は。」(2016年公開)の舞台としても知られ、聖地巡礼で訪れる観光客もいます。「驒」には観光ブランドを表す一面もあると言えるでしょう。

 「驒」については字形が話題になることもあります。日経紙面では「驒」ではなく拡張新字体の「騨」を使用していた時期がありましたが、2000年に国語審議会が「表外漢字字体表」を答申したことを受け、2005年6月から印刷標準字体である「驒」を使っています。「驒」(JIS第3水準)は明治以来の伝統的活字字形である「いわゆる康熙字典体」とされ、「騨」(JIS第1水準)はその略字。どちらも正しく、一方が誤っているというわけではありません。日本漢字能力検定協会の検定で出題された場合は、どちらの字形で書いても正答になります。

 私も「驒」を手書きすることがありますが、急いでメモをすると「單」の上の部分が、「ツ」の形で書いたように見えます。「こうして略字が生まれるのか」と納得したことがありました。写真は私が2017年に書いたもので、字が汚いのは指の腱鞘(けんしょう)炎が影響しているとご理解ください。

2017年に筆者が手書きした「驒」の略字

≪参考資料≫

岩崎邦彦『地域引力を生み出す 観光ブランドの教科書』日本経済新聞出版社、2019年
市町村要覧編集委員会『全国市町村要覧[平成29年版]』第一法規、2017年
『角川新字源改訂新版』KADOKAWA、2017年
『オンデマンド版 角川日本地名大辞典16 富山県』KADOKAWA、2009年
『オンデマンド版 角川日本地名大辞典21 岐阜県』KADOKAWA、2009年
『オンデマンド版 角川日本地名大辞典29奈良県』KADOKAWA、2009年
『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年
『コンサイス地名辞典―日本編― 第7刷』三省堂、1985年
『字通』平凡社、1996年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
『日本国語大辞典第二版第十一巻』小学館、2001年
『日本地名大事典コンパクト版(下)』新人物往来社、2005年
『大漢和辞典 巻十二 修訂第二版第五刷』大修館書店、1999年
『部首ときあかし辞典』研究社、2013年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「驒」を調べよう
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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

sada / PIXTA(ピクスタ)

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