新聞漢字あれこれ46 「味の濃さ」はリッチな感じ
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
「極」の字が持つイメージについて連載の第41回で取り上げました。その記事を書いていたころ、スーパーマーケットやコンビニエンスストアで目に付いたのがパッケージに「濃」の字がついた商品でした。
高級感やこだわりといったイメージのある「極」のように、「濃」にも何か消費者に訴えるメッセージがあるのでしょうか。「濃」の字を持つ商品をすべて確認することはできませんので、ここでは日経MJ(流通新聞)に週1回掲載される日経POS情報サービスによる新製品の「週間ランキング」を使ってみました。
ランキングは首都圏と近畿圏に登場してから13週間以内の商品を対象にしたもので200以上の店舗を調査したもの。1週間の来店客1000人あたりの販売金額で算出しています。その中から食品分野の上位10位(飲料・菓子・冷凍食品・その他食品の40商品)に入ったもので「濃」の字を持つ商品名を調べました。新製品で売れ筋の商品名が分かりますので、「濃」の使用状況がある程度つかめるでしょう。期間は同じ条件で遡れる2002年から2019年までの18年間としました。
年ごとに延べ件数を見ていくと、「濃」の付く商品は2004年から増えています。その後、数字はしばらく落ち着いていましたが2016年あたりから再び増加傾向になっています。2017年の68件が最多で2019年は61件がランキング入りしました。2020年は5月末までで27件あり、店舗などで「濃」の字を目にすることが増えたと感じるのも、気のせいではなかったようです。2004年では飲料でよく見られた「濃」ですが、2019年を見ると飲料・菓子・冷凍食品・その他食品とまんべんなく登場。濃厚なチョコレート菓子や濃い味付けのカップ麺などの商品がありました。
なぜ「濃」が増えているのか。飯田朝子・中央大学教授の著書『「あ、それ欲しい!」と思わせる 広告コピーのことば辞典』の【濃い】の項目には「色が深い。濃度が高い。リッチ。通常基準よりも味わいや含有成分が濃厚な商品を『濃い○○』『濃い味△△』とネーミングすることが多い」とあり、また【濃厚】には「味、特に旨みや甘味を感じさせる成分が濃いこと。コクがあるさま」とありました。「濃」の字には単なる濃度の高さだけでなく、うまさや高級感(リッチ)を表す意味が含まれることから、商品名に広く使われるようになったのだと思われます。
また、「濃」の本質をずばり言い表しているのが円満字二郎さんの『漢字ときあかし辞典』です。「感覚を深く刺激して、一度はまるとなかなか抜けられない漢字」と解説。こうなると「濃」は食品のネーミングになくてはならない字だと言えそうです。
ここ数年の商品名を見ていくと「濃厚」のほか、「濃いめ」(乳酸飲料)、「特濃」(牛乳)、「甘濃」「濃い旨」(カップ焼きそば)、「濃密」(チョコレートアイス)、「コク濃」(スナック菓子)などの語が見られます。なかには「贅沢濃厚」「濃い濃い」と味の濃さをさらに強調したものまで出てきました。
以前、日経記事審査部ツイッターで「濃」のつく語について最も味が濃いように感じる言い方を尋ねるアンケートをしたところ、「特濃」が最多でした(調査結果はこちら)。今後はより濃いイメージの語を使った商品名が出てくるかもしれません。
≪参考資料≫
飯田朝子『「あ、それ欲しい!」と思わせる 広告コピーのことば辞典』日経BP社、2017年
円満字二郎『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
川端晶子・淵上匠子編『おいしさの表現辞典 新装版』東京堂出版、2016年
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「濃」を調べよう
「NIKKEIことばツイッター」はこちら
≪おすすめ記事≫
新聞漢字あれこれ23 大阪伝統の「すし」を表現! はこちら
新聞漢字あれこれ41 「極」の字が持つイメージは? はこちら
≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 著書などに『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林 第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。
≪記事画像≫
TAKEZO/PIXTA(ピクスタ)