新聞漢字あれこれ98 同じ読みでも意味は正反対に<前編>

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
新聞記事をパソコンで書く現在、変換ミスはどうしても避けられません。これを直し、誤字が表に出ることをいかに防ぐかが校閲記者の役割。思わず笑ってしまうような誤字もあれば、なかには文意が反対になってしまうような罪深いものに遭遇することもあります。
今回はよくある事例の中から、文意が正反対になってしまう同音の変換ミスを取り上げます。皆さんもどこが間違っているか探してみてください。例文は実際の新聞記事をもとにこのコラム用に新たに作成したものです。
<例文1>
2021年のノーベル賞の受賞式が12月10日、スウェーデンのストックホルムで開催された。日本出身で米プリンストン大学の真鍋淑郎氏が地球温暖化の研究で物理学賞を受賞した。ノーベル賞が創設されて約120年、受賞テーマは脱炭素の先達となったり、新紙幣の偽造防止に使われたりするなど幅広い。
<例文2>
A県のB知事は記者会見で、県産アサリの出荷を再開すると発表した。スーパーや百貨店などと協定を結び、県産アサリを消費者に確実に届けられるようにする。あわせて「A県産あさりを守り育てる条例」を策定し、県議会の承認を得て9月施行を目指す。B知事は「偽装を一層し、Aブランドの信頼回復に努めたい」と強調した。
<例文3>
文部科学省の報告書では、科学論文の影響力などを示す指標で日本は世界10位と低迷。国の財政難が続くなか、大学や研究機関の無期雇用のポストは限られる。学生は博士課程への進学を避け、企業へ就職する。若手研究者の礼遇が、日本の科学力や産業競争力を食い潰しつつある。
<解答1>
文中に「受賞」が3カ所出てきますが、最初の「受賞式」は「授賞式」が適切です。ノーベル賞を受けたのは真鍋氏ではありますが、授賞式は賞を授ける側が開くものでしょう。同じく「じゅしょう」関係で間違いやすいのは、叙勲の「授章・受章」。授・受の取り違えや、勲章なのに「受賞・授賞」と誤るケースが見られます。
<解答2>
「一層」は、さらに強まる意味で、これでは産地偽装を推進する意味になってしまいます。すっかりなくす意味の「一掃」に直さなければなりません。例文のままでは、発言者の意図するものとは全く逆のニュアンスになり、大誤報になってしまいます。かつて「差別を一層する」なんていう恐ろしい変換ミスを見たことがあります。
<解答3>
「礼遇」は手厚い待遇のことなので、文意に合うのは「冷遇」。不当に低い待遇を表します。礼遇される研究環境ならば、企業へ就職せずに博士課程へ進む学生も多くなるはずですよね。
同音の変換ミスは恥ずかしながら私も最近やらかしてしまいました。コロナ禍で在宅勤務をする機会が増えましたが、「終業」連絡をすべきところ「就業します」とメール送信してしまったのです。これでは始業の意味になってしまい、働き続けなければなりません。誤りに気づいたのは翌日になってからでした。
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。