気になる日本語

新聞漢字あれこれ101 「媛」魅力的なブランド文字

新聞漢字あれこれ101 「媛」魅力的なブランド文字

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 皆さんは「媛」の字を見て、まず何を思い浮かべますか。常用漢字ではあるものの、イメージするのはある特定の名称ではないでしょうか。

 「媛」は1990年に人名用漢字になり、2010年から常用漢字になりました。常用漢字表の読み方は音読みの「エン」だけが示されていて、備考欄に「愛媛(えひめ)県」と注記されています。「音読みとしても『才媛』以外で使われることはまれ」(漢字ときあかし辞典)で、私たちは「エン」よりも県名の「愛媛」になじみがあります。

 愛媛は『古事記』(712年)の国生み神話の「伊予国は愛比売と謂ひ」にあり、女神名が由来です。愛媛県は1873年に石鉄県と神山県が合併して誕生。愛比売に愛媛の字を当てたのは、今治藩医で国学者でもあった半井梧庵(なからい・ごあん、1813~1889年)が編さんした『愛媛面影』(1866年)が最初とされ、奈良時代初期の勅令である地名の二字好字制にならい「ひめ」に「媛」を当てたものと考えられます。

 一般に女性の「ひめ」を表す字は「姫」であり、「媛」を「ひめ」と読ませるのは、愛媛県名と同県に関係する固有名詞ばかり。記事データベース「日経テレコン」で、2022年1~6月の日本経済新聞紙面で「媛」がどのように使われているか調べたところ、半年間で365件の記事に登場し、延べ632字中、実に622字(約98%)が県名や県名の付く固有名詞(愛媛銀行、愛媛大学など)が占めました。残り10字は、一般名詞の「才媛」が1字、人名が3字で、特に興味深いのが「媛」1字で愛媛を表したブランド名の6字(2種)でした。

 この2種は「伊予の媛貴海(ひめたかみ)」(1字)と「媛スマ」(5字)で、愛媛県が愛媛大学と研究を進め、2016年に完全養殖に成功した高級養殖魚「スマ」のブランド名。スマは全身がトロといわれるほどの身質で、滑らかな口当たりが特徴とされます。県産スマの総称が「媛スマ」で、中でも脂質量など基準を満たしたトップブランドが「伊予の媛貴海」なのだそうです。

 ほかに「媛」の付くブランド・商品名がないか新聞記事を遡って調べていくと、「媛の月」(菓子)、「媛小春」(かんきつ類)、「媛幸梅」(梅干し)などが見つかりました。県酒造組合では、県産の酒米「しずく媛」を100%使用し精米歩合が60%以下の純米酒を統一銘柄酒「しずく媛」として、各蔵元で製造しています。

しずく媛

 『漢字ときあかし辞典』に、「媛」は「使い道が非常に限定されていて、ちょっと近寄りがたいようなところがかえって魅力的」ともありました。1字で都道府県を表せる字はほかにもありますが、「媛」は一般的使用が限られるだけに、他の字よりも県名との強い結び付きが感じられます。県産品には欠かせない魅力的なブランド文字といえるのかもしれません。

≪参考資料≫

高梨公之『名前のはなし』東京書籍、1981年
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『漢字百科大事典』明治書院、1996年
『OD版 角川日本地名大辞典38 愛媛県』KADOKAWA、2009年
『常用漢字表(平成22年11月30日内閣告示)』文化庁文化部国語課、2011年
『日本国語大辞典 第二版 第二巻』小学館、2001年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「媛」を調べよう
「NIKKEIことばツイッター」はこちら

≪おすすめ記事≫

新聞漢字あれこれ74 「柒」 大字に込めた職人の思い はこちら
新聞漢字あれこれ97 「驒」 組み合わせは1つだけ? はこちら

≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

ばりろく / PIXTA(ピクスタ)

記事を共有する