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やっぱり漢字が好き。3 なぜ“4”は「四」と書くのか?(中)

2022.11.01

やっぱり漢字が好き。3 なぜ“4”は「四」と書くのか?(中)

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)

 前号では、数字の“4”の漢字は当初、4本線の「」で書き表されていたが、春秋時代(紀元前771年~紀元前453年)以降、「四」で書くようになったことを述べつつ、この書き替えには、認知上の特性―人間が短時間で直感的に理解できる数量は“4”が上限である―に関連している可能性があることを指摘した。(なぜ"4"は「四」と書くのか?(上)

 ここで少し視野を広げ、他の文字体系における数字を見てみよう。たとえばローマ数字はアルファベットを利用した表記方法であるが、“1”、“2”、“3”を「Ⅰ」、「Ⅱ」、「Ⅲ」と表記する。これも線の本数によって数字を文字化したもので、その構成原理は漢字の「一」、「二」、「三」に近い。なお、「Ⅰ」、「Ⅱ」、「Ⅲ」や「一」、「二」、「三」のように、表す意味とその字形に内在的意味関係があるものを、類像性(るいぞうせい)が高いという。

 一方、ローマ数字で“5”は「Ⅴ」で表記する。その造字法は「Ⅰ」、「Ⅱ」、「Ⅲ」と異なり、線の本数と直接対応しない。これは漢字の「一」から「三」の表す数と線の本数が対応する一方、「五」の表す数と線の本数が直接対応しないという現象と平行する。なおローマ数字の「Ⅴ」の由来には諸説あり、“10”を表す「Ⅹ」の半分ということを示したものであるという説や(カルヴェ1998)、「イタリア民族の祖先あるいは先住者が数世紀前に知っていたであろう刻み目を作るという古くからの実践から生じた」という説(イフラー1988)などがある。ただいずれにせよ、漢数字かローマ数字かを問わず、“5”を表す文字の字形は、表す意味との間に内在的意味関係がなく、類像性が低いと言える。

 ではローマ数字で“4”はどのように表記されるかというと、これも漢字同様、「揺れ」が見られる。一般的には、「Ⅳ」のように、「Ⅴ」から「Ⅰ」少ないことを示す「減数法」で表記されるが、一方で「IIII」と表記することもある(例えば、時計の文字盤では「IIII」の表記が見られる)。

 洋の東西を越えて、“1”~“3”を表す場合に類像性の高い表記を用い、“5”を表す場合に類像性の低い表記を使い、“4”がその間で揺れ動いている、という現象は、上で紹介した人間の認知上の特性―人間が短時間で直感的に理解できる数量は“4”が上限である―に由来している可能性が高い。

 さらに他の文明における数表記も見てみよう。エジプトやヒッタイト、インダスなどでは、次の図2-1のように、“1”~“4”は縦線を横に並べる方式を採用し、“5”以上は上限に二分割する方式を使う。

図2-1(イフラー1988より)

図2-1(イフラー1988より)

 このほか、詳細は省くが、ギリシアやマヤは“1”~“4”に対して、表す数に相当する縦線を並べる方式を、“5”に特別な(“1”~“4”とは構成原理の異なる)表記を用いている。このような現象に基づき、イフラー(1988)は「数を即時に認識する人間の能力は(言い方を換えると、具体的数量を直接認知する人間の自然な能力は)、非常に稀にしか数4を超えない」と主張する。

 一方で、アラビア数字の起源と考えられる古代インドのブラーフミー文字では、“1”~“3”に、漢字と同様、横線を縦に重ねるといった類像性の高い表記を用い、“4”以上に類像性の低い文字を用いるといった方式を採用する。なお、ブラーフミー文字で“4”は「十」字形や「」形で描かれる。

 以上から、特別な表記を“5”からとするのか、それとも“4”からとするのかは、言語や文化ごとに異なることが分かる。つまり“4”の扱いには「揺れ」が見られるのである。上でも述べたようにこのような“4”の扱いの不安定さは、即時に認知できる数量の上限に関わるものと思われる。従来、人間の指の数との関連から、“5”や“10”といった五進法に関わる数表記ばかりが人の耳目を集めてきたが、人間の認知という観点から見れば、“4”の数表記ももっと注目を浴びて良い。

 以上、漢字以外における“4”の表記の不安定さを確認したが、話を漢字に戻そう。本コラムではここまで、“4”を表す文字として「」が廃れたのは、人間の認知能力に関わる可能性があることを指摘したが、次に考えるべきは、なぜ“4”に「四」という文字が採用されるに至ったのか、である。この問題に対しては、数字の“4”を表す単語が、仮に当時「シ」と発音されていたとして(無論これは古代の厳密な発音ではない)、当初は文字として「」が当てられていたが、「」という表記だと人間の認知能力に負担となるため、「シ」と発音する他の文字―すなわち「四」―を借りて当てた、と考えられる。このように、ある語を表す文字として、その語と字音の近い文字を当てる現象を「仮借(かしゃ)」と呼ぶ。古代の漢字にしばしば見られる文字運用現象である。

 それでは「四」が“4”を表す文字として転用される前、「四」の文字はそもそも何を表していたのであろうか。次号ではこの点についてこれまでの学説を紹介したい。

(つづく)

≪参考資料≫

ジョルジュ・イフラー著、松原秀一・彌永昌吉監修、彌永みち代・丸山正義・後平隆訳『数字の歴史 人類は数をどのように数えてきたか』、平凡社、1988年
ルイ=ジャン・カルヴェ著、矢島文夫監訳、会津洋・前島和也訳『文字の世界史』、河出書房新社、1998年
Pitt, Benjamin, Edward Gibson and Steven T. Piantadosi “Exact Number Concepts Are Limited to the Verbal Count Range.” Psychological Science, Vol. 33(3), 2022

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「四」を調べよう

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≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
二松学舎大学教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能後の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

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