四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り57:足しても無意味な「四苦八苦」

四字熟語根掘り葉掘り57:足しても無意味な「四苦八苦」

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 「四苦八苦(しくはっく)」とは、〈たいへんな苦しみを味わう〉こと。だれでも知っている四字熟語の1つですよね。では、この「四苦」って、具体的にはどんな苦しみのことか、ご存じですか?

 答えは、「生苦(しょうく)」「死苦」「老苦」「病苦」の4つ。それぞれ、〈この世に生まれてくる苦しみ〉〈死ぬ苦しみ〉〈老いる苦しみ〉〈病気の苦しみ〉を指す、仏教のことばです。

 それでは「八苦」はというと、上記の4つに、「愛別離苦(あいべつりく)」「怨憎会苦(おんぞうえく)」「求不得苦(ぐふとくく)」「五陰盛苦(ごおんじょうく)」を加えたものだ、とするのが、一般的な説明。順番に、〈愛する者と別れる苦しみ〉〈憎い相手と出会う苦しみ〉〈求めるものが得られない苦しみ〉〈生に執着することから生まれる苦しみ〉をいいます。

 「四苦八苦」というと、4プラス8で合計12の苦しみを指すような気がしますが、そうではないのが、注意すべきところ。ただ、これは「四苦八苦」だけの事情ではありません。

 たとえば、「四方八方(しほうはっぽう)」。「四方」とは、前後左右または、東西南北。「八方」は、右斜め前、右斜め後ろ……といった具合に、それぞれの中間を取った4つの方向を、「四方」に加えたものだと考えるのが、ふつうの解釈でしょう。

 〈まわりのあちこちと道がつながっていて、往来が激しい〉ことをいう「四通八達(しつうはったつ)」や、〈さまざまな方向の世界の果て〉を指す「四荒八極(しこうはっきょく)」も同様。「四○八○」型の四字熟語はほかにもありますが、どれも、4プラス8ではなく、4とその拡大版の8を並べた構成になっているのです。

 とはいえ、「四○八○」型の四字熟語では、「○」の部分には、方向や方角、場所、道筋などを表す漢字が入るのがふつうです。「四苦八苦」はその点が特別ですから、ほかの「四○八○」型の四字熟語と完全に同列に扱うことはできません。

 仏教の古い書物を見ていると、「四苦」「八苦」のほかにも、「三苦」「五苦」「十一苦」などといった、苦しみをカウントするさまざまな表現が目に入ります。それらを組み合わせたものとしては、「三苦八苦」「五苦八苦」がよく出てきますが、「四苦八苦」はあまり目立ちません。

 「四苦八苦」は、仏教用語の「四苦」と「八苦」が、仏教とは関係のない「四○八○」型の影響を受けて結び付いて生まれた表現なのでしょう。その結果、仏教を離れた幅広い文脈で用いられる人気の四字熟語になった、というわけ。自分の殻を破って外からの刺激を受けると、世界がとても広くなるということを、教えてくれているような気がします。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「四苦八苦」を調べよう。

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。 また、東京の学習院さくらアカデミー、NHK文化センター青山教室、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。 最新刊、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)が2月21日に発売。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

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