難読漢字

新聞漢字あれこれ124　部首の「气」が表すものは？

2023.07.26

著者：小林肇（日本経済新聞社用語幹事）

　ここ数カ月で部首が「气（きがまえ）」の字の作字※が２件ありました。もともと「气」を部首に持つ字は少なく、常用漢字では「気」の１字しかありません。ふだん目にしないだけに、珍しいなと思いました。

　いずれも国際ニュースに出てきたもので、中国企業名にある字でした。５月に作字されたのは「氫」。燃料電池を使う水素ドローンを開発した新興企業の「氫鵬科技」で使われていました。中国語で「氫」は水素を表します。もう一社は６月に登場した「上海氦豚機器人科技」で、ロボットがコーヒーをいれる自動販売機を開発した企業。「氦」はヘリウムを表します。

　水素、ヘリウムとくれば、部首の「气」が気体を意味するところが見えてきましたね。円満字二郎さんの『部首ときあかし辞典』（研究社）は「近代科学がヨーロッパから入ってきて以降は、部首《气》をもとにして、科学的な意味での〝気体〟を表す漢字が作られた」と解説し、「氟」（フッ素）、「氨」（アンモニア）、「氧」（酸素）、「氮」（窒素）といった字を紹介しています。

　中国語の「元素周期表」では元素記号を漢字１字で表し、元素の性質を偏、読みを旁（つくり）などで示しています。気体の元素は部首「气」の字になり、前述の「氫」「氦」なども周期表の中に見られます。ほかに金属は「金偏」、非金属の固体は「石偏」で表現。中国では新しい元素の名称が決まると、それを書き表すための漢字も制定されます。日本の研究チームが発見し、2016年に113番目の元素として発表された「ニホニウム」は「鉨」となりました。

　過去の紙面を調べると、中国企業（日本との合弁企業を含む）で、「鋁」（アルミニウム）、「鈦」（チタン）、「鋰」（リチウム）といった字を含む名前が確認できました。金偏が多いため、今回「气」の字を珍しく感じたのでしょう。「气」の字をきっかけに、高校生の時に化学の授業で覚えた「水兵リーベ僕の船」の語呂合わせを、久しぶりに口ずさみました。

※作字：印刷用の活字や文字フォントを作ること。また、パソコンなどに登録されていない文字を作成すること。（大辞林から）

≪参考資料≫

円満字二郎『知るほどに深くなる漢字のツボ』青春出版社、2017年
『増補改訂ＪＩＳ漢字字典』日本規格協会、2002年
『中日大辞典第三版』大修館書店、2010年
『部首ときあかし辞典』研究社、2013年
『ユニコード漢字情報辞典』三省堂、2000年

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

小林肇（こばやし・はじめ）
日本経済新聞社用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった使える！用字用語辞典』（共著、三省堂）、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』（共著、日経プレミアシリーズ）、『文章と文体』（共著、朝倉書店）、『日本語大事典』（項目執筆、朝倉書店）、『大辞林第四版』（編集協力、三省堂）などがある。2019年９月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む新四字熟語辞典』を連載。