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やっぱり漢字が好き 15 昭和ヤンキー漢字(下)

2023.11.01

やっぱり漢字が好き 15  昭和ヤンキー漢字(下)

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)

 前号では、街角で見つけた「夜羽故祖威羅射威魔世=ようこそいらっしゃいませ」という表記を足がかりに、「夜露死苦=ヨロシク」、「愛羅武勇=アイラブユー」などの、いわゆる「昭和ヤンキー漢字」について紹介した。

 実のところ、このような漢字による当て字は現代になって始まったものではない。遡れば、上代日本で用いられた万葉仮名も、和語の1音節に1つの漢字を当てる当て字であった。たとえば、「獲加多支鹵」=ワカタケル、「久羅下那州多陀用弊流」=クラゲナスタダヨヘル(海月なす漂へる)など。さらに江戸時代には「四六四九」で「よろしく」を表記した例もある(『麁想案文当字揃(そそうあんもんあてじぞろえ)』、1798年)。

 さらに漢字を、その意味を無視して、表音的にのみ用いるというのは、日本だけに限ったことではない。これまでも本コラムでかつて紹介した古代中国の「仮借(かしゃ)」という文字運用現象がまさにこれに当たる。「仮借」とは、ある意味概念を表す単語に対し、その単語と発音の近い別の漢字を借りて当てるという方法で、借りてきた漢字の意味と、表そうとする単語の意味には基本的につながりがない。

 前号で紹介した当て字「夜(よ)羽(う)故(こ)祖(そ)威(い)羅(ら)射(しゃ)威(い)魔(ま)世(せ)」はまさにこのような漢字の表音性を利用した表記である。さらに現代における漢字の当て字は、不良文化、ヤンキー文化にルーツを持つことが影響しているためか、そこには「夜」、「射」、「威」、「魔」といった反社会性や攻撃性を暗示した文字が用いられている。加えて、キャバクラという夜の店であることから、「夜の蝶」を連想させる「羽」といった文字も並ぶ。つまり当て字の選定には、それを用いている集団の社会的位相が関わっているということである。

 当て字とそれが用いられる「場」(文体、文脈や内容)に関連を持たせようとするのは、上述の江戸時代の「よろしく=四六四九」にも見られるという。笹原宏之編『当て字・当て読み漢字表現辞典』によると、「掛け算で、4×6=24、4×9=36、合わせて60ぺんほど伝言(ことづけ)してくれろということなどが説かれている」と説明する。

 前号の当て字「夜羽故祖威羅射威魔世」や「夜露死苦」や「愛羅武勇」を用いる集団の中では、さらに筆画の多さも重視されている。「羅」を使いがちなのが、その最たるもので、このほか「威」、「魔」、「露」がこれに当たる。筆画が多い文字を使うと、視覚的に「かっこいい」というほかに、教養をひけらかすという自己顕示にもつながる。笹原氏の『当て字・当て読み漢字表現辞典』は、「夜露死苦」の項目のところで、「概して画数が多くおどろおどろしい字体、宗教や生死、男女関係に関わる字義、不良行為などの社会性を否定する様なマイナスイメージの字義をもつ字が選ばれ、自己顕示欲とのつながりも指摘される」と説く。

 ところで今年1月、成人式に関わるニュースの中で、「横濱」と書かれた自作ののぼりを持参する若者集団が映し出されていた。常用の「浜」ではなく敢えて「濱」を用いるのは、上で触れた傾向を反映しているようで興味深い。

              

次回、やっぱり漢字が好き第16回は12月1日(金)に公開予定です。

≪参考資料≫

笹原宏之編『当て字・当て読み漢字表現辞典』、三省堂、2010年

≪おすすめ記事≫

やっぱり漢字が好き。2 なぜ“4”は「四」と書くのか?(上)はこちら
やっぱり漢字が好き14  昭和ヤンキー漢字(上)はこちら

≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能後の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

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