土用の丑の日と「丑」の字源【上】|やっぱり漢字が好き23

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
土用の丑の日が近づいてきた。今年は7月24日(水)と8月5日(月)が土用の丑の日である。
「土用」とは中国の五行思想に基づいた季節の分類で、四季の変わり目を指す。それゆえ、本来は夏の季節以外にも4回土用の期間がある。
それでは「丑の日」とは何か。これは十二支を用いた記日法である。十二支を含めた十干十二支(いわゆる干支)は、今日では方角・年・時間などにも用いられるが、もともとは日にちを表すために用いられたものであった。最古の漢字資料である殷代甲骨文(紀元前13世紀~11世紀頃)では日にちをすべて十干十二支で書き表している。
「丑の日」にちなんで、「丑」の字の由来について今号と次号の2回に分けて取り上げる。
以前にも述べたように、十二支に生き物を配当する習俗(子=ねずみ、丑=うし、寅=とら……)は中国戦国時代末期ころから始まったと見られる。したがって戦国時代よりもはるかに早い時期に登場した「丑」という文字の成り立ちに生き物の「牛」は何の関係もない。
それでは「丑」字の由来は何か。漢字の由来を知りたいとき最初に紐解くべき字書は、後漢の許慎が編纂した『説文解字』である。ただ多くの方にとっていきなり『説文解字』を紐解くのはハードルが高い。幸いにも、三省堂の『漢辞海』という漢和辞典には各漢字の「なりたち」の解説として『説文解字』の日本語訳を掲載しており、これがたいへん便利である。以下、『説文解字』の原文とそれに対する『漢辞海』の日本語訳を引用する。なお、『説文解字』は見出し字として小篆を採用しているので、原文の冒頭に「丑」の小篆を掲げた。
(丑),紐也。十二月,万物動,用事。象手之形。時加丑,亦挙手時也。
〘象形〙〔手をぎゅっと〕紐(むす)ぶ。〔冬の終わりの〕十二月は万物が動き始めて手作業をおこす。手の形に象る。時節のかぞえに「丑」を加え〔十二支にし〕たのは、手作業をおこしはじめる時節であるからである。
ここから『説文解字』は「丑」の字形を「手をむすんだ形の象形」と見なしていることが分かる。『説文解字』はさらに、「『丑』は手作業をおこしはじめる時節だから、『手をむすぶ』という意味の『丑』を用いてその時期を呼称した」と論理を展開する。
『説文解字』の解釈では、「丑」の字源「手をむすんだ形」と「丑」が十二支として用いられた理由に必然的なつながりがあるということになるが、このようなアプローチは現在否定される傾向にある。「丑」字の由来についてはむしろ、「仮借」という視点から考える必要がある。「仮借」とはある語を文字化するとき、その語と発音の近い文字を借りて当てるという文字運用現象である。「丑」に即して言えば、「丑」字はもともと十二支の概念と何の関係もなかったが、古代中国において十二支の2番目を表す語とたまたま発音が近かったため、それを表す文字として転用されたということである。
今号は紙幅の関係でここまでとしたい。次回は下篇として、「丑」の字源についての主要な学説を紹介する。
(つづく)
次回「やっぱり漢字が好き24」は7月26日(金)公開予定です。
≪参考資料≫
戸川芳郎監修、佐藤進・濱口富士雄編『全訳漢辞海(第4版)』、三省堂、2016年
戸内俊介「やっぱり漢字が好き。5 「干支」ってなんだ!?(上)」、日本漢字能力検定協会『漢字カフェ』、https://www.kanjicafe.jp/detail/10365.html、2023年1月
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≪著者紹介≫
戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能後の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。