新聞漢字あれこれ152 「綸」 パリ五輪で銅メダル!
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
夏のパリ五輪・パラリンピックが終了しました。多くの日本人選手の活躍があったなかで、今大会で私の気になった名前の漢字は「綸」でした。
五輪のフェンシング女子フルーレ団体で3位となり、日本女子フェンシング初のメダルを獲得したメンバーの一人、宮脇花綸(みやわき・かりん)選手。名前にある「綸」はJIS第2水準で、1990年(平成2年)3月に人名用漢字になった字(施行は4月1日)ですが、新聞ではあまり見かけません。日本経済新聞での使用例も年に数件で、今回の銅メダル獲得を機に、使用例が増えるのではないかと思っているところです。
「綸」には音の「リン」のほか、「いと」という訓があり、『漢検 漢字辞典』によれば「①いと。太い糸。②おさめる。つかさどる。③天子の言葉」といった意味があります。記事データベースで1990年以降の日本経済新聞での出現記事件数を調べると、「経綸」(政治のうでまえ。抱負)、「綸言」(天子の言葉)など153件使われていました。そのうち人名が約4割の63件で、宮脇選手の11件を含む14件(4人)が人名用漢字世代の名前でした。「綸」が人名用漢字になって34年、新聞への登場に関して言えば、まだまだ少数派のようです。
実は人名の使用例で最も多かったのは推理作家の法月綸太郎(のりづき・りんたろう)さんの34件でした。プロフィルによると法月さんは1964年生まれで、当時は名付けに「綸」は使えなかったはずですが、これはペンネームとのこと。人名用漢字の制限は筆名や芸名には及びません。そして次に多かったのが宮脇選手で、初出は2008年9月30日付の夕刊社会面。この年の北京五輪で太田雄貴さんが日本勢初の銀メダルに輝いたことを受けた「フェンシング脚光」という記事に、競技歴6年で世界大会にも出場する小学6年生の宮脇選手が「フェンシングを知らない友達もいるので、五輪をきっかけに広まってほしい」というコメントとともに紹介されていました。それから16年がたち、宮脇選手自身がメダリストになったというわけです。
著名人の活躍が命名に影響するという話はよく聞きます。これから先、パリ五輪をきっかけに「綸」が新聞にどんどん登場するようになるのでしょうか。「綸」は私が校閲記者になった同じ日に人名用漢字として使われるようになった字でもあり、気になるところです。
次回、新聞漢字あれこれ第153回は9月25日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
安岡孝一『新しい常用漢字と人名用漢字 漢字制限の歴史』三省堂、2011年
『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
漢字ペディアで「綸」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。