歴史・文化

0を表す「〇」は漢字か?その3|やっぱり漢字が好き39

0を表す「〇」は漢字か?その3|やっぱり漢字が好き39

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
 

 前号では「〇」が漢字か否かという問題を検討するために、「〇」の歴史的展開の概略を一瞥した。今号では「〇」が漢字に属するか否かについて、筆者の私見を述べたい。

 「〇」は漢字か?この問題に対する筆者の現時点での見解としては、「〇」を真の意味で漢字と見なすことに慎重にならざるを得ないものの、漢字に準ずる字として辞書内で単独で立項することに異論はない。

 「〇、一、二……」がアラビア数字の「012……」に対応していることに鑑みれば、「〇」は「一、二……」と同様に漢字と見なし得るかもしれない。さらに「〇」は「零」と同様に、日本語で「レイ」、中国語で「リン」(ピンイン:líng)という音を持っていることからも、これを(言語を表記した)漢字として扱っても問題なさそうではある。というのも漢字には必ずその文字固有の意味と発音があるからである。

 一方で字形から見れば、「〇」はその形が漢字らしくない。それゆえ漢字とは同列に扱えないという指摘もある。漢字(楷書)は点(てん)、横(よこ)、竪(たて)、提(はね)、撇(左はらい)、捺(右はらい)、鉤(かぎ)、折(おれ)という8種の筆画から構成されているが、「〇」はこれらのいずれとも合致しない。

 さらに「〇」は運用の面でも他の漢数字とは大きく異なり、書かれていても発音されないことがある。これは特に日本において顕著で、たとえば「二〇二五(年)」は日本語ではふつう「ニセンニジュウゴ」と読まれる。「二」と「五」はその文字固有の発音で読まれるが、「〇」を「レイ」と読むことはない。ここでの「〇」は百の位が空位であることを示すための符号にすぎない。

 書かれているのに読まれないという現象は、「〇」が純粋な意味での漢字ではないということを示唆する(ただし訓読みや当て字は除く。これらは文字通りに発音されないことがある)。繰り返しになるが、漢字には必ずその文字固有の発音がある。したがって、「〇」の文字としての性質は、「一、二、三……」といった他の漢数字と大きく異なる。

 このほか日本の文字表記上の習慣では、基数のzeroを表す「零」と「〇」を置き換えにくいケースもある。たとえば縦書きの際に「摂氏零度」や「午前零時」を「摂氏〇度」や「午前〇時」と書くことがないわけではないが、多くはない。たとえば――やや古いデータで恐縮だが――天沼寧氏の1979年における調査によると、各国語辞典の「正午」に対する語釈や、新聞の記事の中の「0時」の表記には、「〇時」ではなく、「零時」が使われている(ただし近年では、縦書きであってもアラビア数字の「0時」を使うことが多いようである)。

 また「二〇二五年」を「二零二五年」のように表記することもない。「零」と「〇」を置き換えにくいという事実は、「〇」が漢字「零」と等価ではないことを物語る。以上の事実は少なくとも日本においては、「〇」は純粋な意味で漢字でないということを示している。

 なお「〇」の使用に関する日本の規定としては、文化審議会建議『公用文作成の考え方』(文化庁、2022年)がある。この建議の中で「〇」は「文字コード上の準漢字」として位置付けられており、広報などの縦書き文書でゼロを表す場合に「〇」を用いるという基準が示されている。ただし具体例として電話番号が挙げられるのみで、詳細な規定は明示されていない(この段落は読者からのご指摘を受けて、最新の情報に改めました。この場を借りても礼申し上げます。2025225日修正)。また新聞の用字用語の基準を示した、『【改訂新版】毎日新聞用語集』(毎日新聞社、2007年)、『記者ハンドブック 新聞用字用語集(第14版)』(共同通信社、2022年)、『読売新聞用字用語の手引(第7版)』(中央公論社、2024年)などでも、「〇」の運用について詳しい規定は示されていない(そもそもアラビア数字を用いることを推奨している)。

 ここまで日本の書記言語の中で「零」と「〇」を置き換えるのが難しいことを述べたが、一方で、中国では西暦や番号といった、数字を粒読みする場合において、“〇”は“零”と置き換え可能であり、且つ必ず「リン」(ピンイン:líng)と発音される。たとえば“二〇二五年”は“二零二五年“と書かれることもあり(ただし後者の表記は少数である)、いずれも「アルリンアルウーニエン」(ピンイン:èr líng èr wǔ nián)と発音する。

 また中国の文字表記上の習慣では、基数のzeroを表す“零”と“〇”は時に置き換え可能である。例えば、スポーツのスコアである「30」を“三比零”と表記することも、“三比〇”と表記することも可能である。

 とは言え中国でも“零”と“〇”を置き換えられないケースが存在する。例えば重量を表す「1500斤」は“一五〇〇斤”と書かれることはあっても、“一五零零斤”と書かれることはほとんどない。この点から見れば、“零”と“〇”はやはり等価ではない。同時に、“一五〇〇斤”はふつう“一千五百斤「イーチエンウーバイジン」(ピンイン:yìqiān wǔbǎi jīn)と発音され、“〇〇”を「リンリン」(ピンイン:líng líng)と読むことはない。これは謂わば、上でも触れた「書かれているのに読まれない」という現象であり、中国の“〇”が日本の「〇」と同様、純粋な意味での漢字ではないということを示唆している。

 以上のように「〇」に対する扱いは日中でやや温度差がある。日本の文字表記上の習慣から見れば、0を表す「〇」は漢字ではない。一方で中国の場合、“〇”を“零”と置き換え可能なことが多く、したがって中国の“〇”は日本の「〇」よりも「漢字寄り」であると言える。とはいうものの、中国の“〇”も真の意味で漢字に含めることは難しい。

 ただし実際の社会の中での運用を見ると、「〇」は日中を問わず、漢数字「一、二、三……」と似たような振る舞いをすることも多い。このような現状に鑑みると、「〇」を広義の漢字と見なしつつ、辞書に収録することに大きな問題はないと思われる。

 今号はここまでとする。次号では「〇」を実際に辞書に収録するときに生じる問題点について指摘したい。

次回「やっぱり漢字が好き40」は3月7日(金)公開予定です。

≪参考資料≫

今泉潤太郎著・曲翰章訳「〇是漢字嗎?」、『語言教学与研究』1992年第1期
于立君「“〇”応当被認定為漢字」、『中国語文』1999年第6期
解竹「関於“〇”的争論及辞書収録建議」、『辞書研究』2021年第5期
史有為「“〇”是漢字嗎?」2020816
史有為「再談数字“〇”」、2020年8月22日
史有為「“〇”字規範再議」、2020年8月28日
舒宝璋「説“〇”」、『辞書研究』1991年第6期
中華人民共和国国家質量検験検疫総局・中国国家標準化管理委員会『出版物上数字用法GB/T15835-2011』、中国国家標準出版社、2011
唐建「説“〇”」、『漢語学習』1994年第2期
傅海倫「“0”、“零”、“〇”的起源与伝播」、『数学通報』2001年第8期

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「零」を調べよう

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0を表す「〇」は漢字か?その2|やっぱり漢字が好き38 はこちら

≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

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