歴史・文化

マンションポエム文字表記考【上】|やっぱり漢字が好き66

マンションポエム文字表記考【上】|やっぱり漢字が好き66

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
 

 

 コロナ禍以前のことであるが、筆者は電車に乗るたびに、マンションの中吊り広告を見るのを楽しみにしていた。その一部を紹介しよう。

(1)「洗練の高台に、上質がそびえる。」(プラウドタワー白金台、野村不動産、2014年築)
(2)「名作を日常とする。深まる静謐を味わう、私領域。」(ブリリアウェリス月島、東京建物、2013年築)
(3)「選ばれし者だけが得られる潤いと躍動を手中に」(ガーデンヒルズ四ツ谷迎賓の森、住友不動産、2016年築)
(4)「究極を、語れるか。その答えは、全て、このマンションにある。」(デュオヒルズつくばエンブレム、フーシーズコーポレーション、2017年築)
(5)「東京を手中にする六本木に、タワーライフの創造を。」(マジェスタワー六本木、東急不動産、2006年築)
(6)「私は飾らない。ただ、ここに存在するのみである。」(北浜ミッドタワー、三井不動産レジデンシャル/京阪電鉄不動産/積和不動産関西、2019年築)



 何とも味わい深い謎の言語センス。そしてなぜか無駄に高いテンション。「これを世に出そう」と決裁印を押したデベロッパーの決断には、もはや敬意すら覚えてしまう。

 妙に惹きつけられる原因はそれだけではない。お気づきだろうか。これらのコピーはマンションの広告でありながら、その商品自体については何も語っていないのである。あるのは漠然としたイメージだけであり、饒舌な割に情報価値が乏しい。

 当時、「なんだこれは……」と思い、インターネットで検索したところ、世間ではこの類の広告コピーを「マンションポエム」と呼んでいることを知った。特に大山顕氏が「マンションポエム」研究の第一人者として、積極的にブログで情報を発信しており、筆者はそのブログを食い入るように読んだものである。

 その大山氏が昨年、自身のマンションポエムの研究結果をまとめた『マンションポエム東京論』(本の雑誌社、2025年6月)を上梓した。これも実に興味深い書籍であった。

 マンションポエムについては、もう散々語り尽くされているとは思うけれども、大山氏の書籍の内容を踏まえ、文字表記という面からいま一度分析してみようというのが、本コラムの目的である。全3回の予定である。なお、すでに完売しているマンションの広告コピーの中にはすでに見られなくなっているものも多いため、本コラムで紹介するマンションポエムは基本的に大山氏の著書から引用したものである。

 いうまでもなく、マンションは高価な商品である。おいそれと買える物ではない。とは言え、売り手としては顧客の消費マインドを喚起して、完売を目指さなければならない。そのため、少しでも人の心に残るよう、人の購買意欲を煽るよう、マンションポエムには巧妙な仕掛けが各所に施されている(実際、この仕掛けに引っかかって、私はこのようなコラムを書いているわけであるが)。

 その一つの方法として、「ひょうがい読み」をはじめとした、一般的ではない訓読みが多用されている。表外読みとは、常用漢字の読み方のうち、常用漢字表に示されていないものを指す。大山氏の前掲書(24頁)でも紹介されているが、「刻」と書いて「とき」と読ませるものが特に目につく。たとえば、

(7)ときを超えて輝くもの。」(ディアナコート櫻町雅壇、モリモト、2005年築)
(8)「TOKI ―ときの奏― ときを奏でる駅徒歩4分の私邸」(デュオヒルズ東川口、フージャースコーポレーション、2017年築)


 次も、日常に見られない特殊な訓読みである。

(9)「作品にむ。」(グランドメゾン山芦屋、積水ハウス、2017年築)
(10)「音無の杜に、む。」(クリオ駒沢公園、明和地所、2016年築)
(11)「不変のときしるす丘。」(オープンレジデンシア代沢二丁目、オープンハウス・デベロップメント、2019年築)
(12)「雅景のいえ、芳潤のとき。」(ディアナコート櫻町雅壇、モリモト、2005年築)
(13)瞬輝ときを語る陽風はるかぜの丘」(プレミアムヒルズ戸塚、ツーワン、2015年築)


 「住む」という表記では、日々の生活が容易に喚起されてしまう。そこで(9)(10)はそういった手垢がついた表記を避け、新鮮味のある「棲む」「澄む」に改めているのである。このほか「む」と表記されることもある(次号の(20)を参照)。
 (11)は「とき」と「しるす」という表外読みを併用し、 (12)は「いえ」と「とき」を併用する。「時」や「家」と表記してしまっては、月並みでありふれた日常が想起される。そこで手垢にまみれていない「いえ」や「とき」といった表記を新たに採用したものと考えられる。
 (13)に至ってはルビがなければさっぱり読めない。「瞬輝」を造語した上で、「とき」と熟字訓させつつ、「陽風」を「ようふう」ではなく、「はるかぜ」と訓読みさせる。つまり、1つのコピーの中で造語と訓読みの合わせ技を決めている。情報が渋滞を起こしている。

 以上のような特殊な訓読みは、文章にアクセントをつけ、人の目を引くためのものと考えられるが、同じような効果を狙ったものとして、過去にはひらがなや漢字で表記できる単語を、敢えてカタカナで書くという方法もあった。たとえば、朝日新聞は「言葉のチカラを信じる」というコピーを掲げたことがある。漢字の「力」をカタカナの「チカラ」で表記しているのだが、カタカナ表記はポップな(悪く言えば軽薄な)印象を読者に与えることから、筆者などは天下の朝日新聞が用いるべきではなかったと、今でも思う(「軽薄さ」ということに関連して言えば、1980年代の雑誌には、「○○君」という敬称を「○○クン」と敢えてカタカナで表記することがあった。最近はあまり見かけないが)。上で紹介したような訓読みにはカタカナほどの軽薄さがない。多くの人にとって馴染みのない漢字の読みであることから、むしろ高尚ささえ感じられる。これは謂わば、非日常感の演出とも言える。

 もっともマンションポエムに「敢えてのカタカナ表記」がないわけではない。

(14)ハナヤカ一新! オオカラ刷新! スコヤカ最新!」(セントラルゲートレジデンス、NIPPO開発事業部、2017年築)
(15)「門真でいちばんココチイイ住まい」(シャリエ門真グランマークス、東レ建設、2017年築)


 大山氏の前掲書(231頁)によると、このようなカタカナ表記は大阪府門真市に集中しているとのことである。何かその土地固有の特殊なノリでもあるのだろうか。

 次はすべてカタカナで表記されたマンションポエムである。ライムのテンポ、迷いのない勢い、テンションの高さにおいて、他の追随を許していない。

(16)「トウキョウスキ ヨコハマスキ ヨクバリスギ シアワセスギ ムサシコスギ」(ザ・コスギタワー、伊藤忠都市開発/東京建物/ジョイント・コーポレーション、2008年築)


 ドラクエの同系統の呪文の羅列(たとえばライデイン、ギガデイン、ミナデイン)のようでもあるが、それはともかく、(16)は目下、筆者が最も気に入っているコピーである。

 今号はここまでとする。次号の【中】では引き続き、マンションポエムに見える文字表記上の特徴について見ていきたい。




次回「やっぱり漢字が好き67」は7月27日(月)公開予定です。


≪参考資料≫

大山顕『マンションポエム東京論』、本の雑誌社、2025年6月



≪参考リンク≫

漢字ペディアで「刻」を調べよう
漢字ペディアで「棲」を調べよう
漢字ペディアで「澄」を調べよう
漢字ペディアで「標」を調べよう
漢字ペディアで「邸」を調べよう


≪おすすめ記事≫

「夏」字の成り立ちと展開【上】|やっぱり漢字が好き64 はこちら
再び街角の異体字について考える―「科」と「升」と「舛」と「桝」と「枡」と「〼」―【上】|やっぱり漢字が好き61 はこちら

≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

記事を共有する