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四字熟語根掘り葉掘り44:「気韻生動」とその仲間たち
2019.09.02
ずいぶんと昔のことなので詳しくは覚えていないのですが、イギリスのテレビドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』を見ていたときのこと。ジェレミー・ブレット演じるホームズが、ワトスンとともに怪しい骨董商のところで聞き込みをするシーンがありました。
そのとき、お店にあった中国の陶器の1つに、「経営位置」という漢字4文字が書いてあるのが映りました。「経営」とは、企業を活動させることだとばかり思い込んでいた私は、「また面妖なことばを美術品に書き込んだものだなあ、イギリスのテレビの小道具係さんは何か勘違いでもしているんじゃないか?」と首をひねったものでした。
ところが、その後、だいぶ経ってから、「気韻生動(きいんせいどう)」という四字熟語について調べていたとき、はからずも「経営位置」に再会することになりました。
「気韻生動」とは、〈作者の精神が生き生きと伝わって来る〉こと。古くは、6世紀の初めごろに中国で書かれた『古画品録』という書物の序文に出て来る表現です。そこでは、絵を描く際の秘訣が6つ、挙げられていて、その第1が「気韻生動」なのです。絵画においては、テクニックよりも精神がまずは重要だ、ということなのでしょう。
『古画品録』では、続いて、その精神を表現するためのテクニックを列挙しています。秘訣の第2は「骨法用筆(こっぽうようひつ)」で、きちんとした線を引くための筆の動かし方。第3は「応物象形(おうぶつしょうけい)」で、対象となるものの形を捉えること。第4は、「随類賦彩(ずいるいふさい)」といって、色彩を的確に用いること。そして、第5が「経営位置」なのでした。
この場合の「経営」とは、〈計画的に事を運ぶ〉という意味。線、形、色に注意して個々の対象を描けるようになったら、次に、きちんとした構想のもとにそれを配置できるようにならなければならない、ということなのでしょう。
ちなみに、『古画品録』が教える最後の秘訣は、「伝移模写(でんいもしゃ)」といって、先人の名画を模写すること。第2から第5までのテクニックを身に付けるための実戦練習です。以上の6つのうち、ふつうの四字熟語辞典に載っているのは「気韻生動」だけで、あとは美術の用語としてしか使われていないようです。
それはともかく、「経営位置」が美術の心得であるのならば、中国の陶器にそれが書き込まれているのは、なんの不思議もありません。イギリスのテレビの小道具係さんを疑った自分の知識のなさを、深く恥じ入ったことでした。
<参考リンク>
漢字ペディアで「気韻生動」を調べてみよう
<おすすめ記事>
四字熟語根掘り葉掘り3:「手練手管」も芸のうち はこちら
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<著者紹介>
円満字二郎(えんまんじ じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。 また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。 ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!
〈記事画像〉ロンドンのベイカー・ストリート駅構内(撮影筆者、1999年6月15日)
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