新聞漢字あれこれ29 ドラフト会議は「朗」に注目!
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
10月17日はプロ野球のドラフト会議(新人選手選択会議)が行われます。昨年はこのコラムの第4回で、ドラフト1位の漢字として中日ドラゴンズが指名した根尾昂(ねお・あきら)選手の「昂」を取り上げました。今年は「朗」について見ていきましょう。
ドラフト1位指名の有力候補といえば、大船渡高校(岩手県)の佐々木朗希(ささき・ろうき)投手。今夏の甲子園大会には出場しなかったものの、高校日本代表メンバーであり、最速163キロを記録したというプロ球界が注目する右腕です。校閲記者としてまず気になるのは佐々木選手の名前に使われる「朗」の字。経験則から言いますと、「朗」の名前の人は「郎」の字に間違えられることが多くあるからです。
「郎」は「〝立派な男性〟を表すのが基本的な意味」(漢字ときあかし辞典)であることから、男性の名前に多く用いられてきました。一方の「朗」は「明るくてはっきりしている」(同)意で、男女どちらの名前にも使われることがあります。ここ10年(2009~2018年)のドラフト指名選手の名前を調べると、「郎」は40人と多数派で「朗」は6人と少数派でした。「朗」の名前が「郎」と混同されることが多い理由は、やはり「郎」より人数が少ないからだといえそうです。
どちらも常用漢字で、音読みも同じ「ロウ」。字形もよく似ています。実際、インターネット上の情報を検索してみると「佐々木郎希」と誤った表記がいくつもありました。プロ入りして活躍すれば誤字は減るのではないかと思う方もいらっしゃるでしょうが、なかなか難しいのが「似た字の世界」です。昨年の根尾選手もいまだに「昴」と間違えられますし、入団7年目で活躍する楽天の則本昂大(のりもと・たかひろ)投手でさえ、「昴大」とする誤字が目につきます。似た字特有といえる誤字の傾向は根強く残ります。
今春、日本での開幕シリーズで現役を退いたマリナーズのイチロー選手(現会長付特別補佐)の本名は鈴木一朗(すずき・いちろう)ですが、引退を表明した直後の新聞(3月22、23日付)では、「一郎」の誤字は見当たりませんでした。一時代を築いたプレーヤーの節目ということもあったのでしょう。記事の書き手や校閲記者の目も行き届いていたのかもしれません。常にこうありたいものです。
昨年はドラフト会議の翌日の新聞(10月26日付)で、残念ながらあるスポーツ新聞が根尾選手の名前を「昴」と誤植していました。今年の10月18日付新聞各紙が、佐々木朗希投手を「郎希」とするようなミスが無いことを祈るとともに、私もきちんと目配りしたいと思っております。
≪参考資料≫
円満字二郎『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
白川静『常用字解』平凡社、2013年
≪参考リンク≫
・漢字ペディアで「朗」を調べよう
・漢字ペディアで「郎」を調べよう
≪おすすめ記事≫
・新聞漢字あれこれ4 ドラフト1位の漢字は「昂」 はこちら
・新聞漢字あれこれ17 「令和」になって変わるもの はこちら
≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 著書などに『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林 第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。