四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り49:「明鏡止水」が辞任の原因

四字熟語根掘り葉掘り49:「明鏡止水」が辞任の原因

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 大臣になったはいいけれど、不用意な発言をしてしまったがために辞任に追い込まれてしまう……。よくある話ですよね。

 今回は、昭和の初めに、不用意に四字熟語を使ったために辞任することになった文部大臣のお話をご紹介しましょう。

 1934(昭和9)年のこと。ある会社の株をめぐる贈収賄疑惑が発覚、政治問題になりました。時の鳩山文部大臣も関与を疑われ、国会で追及を受けました。当時の新聞によれば、このとき、大臣は次のように述べたそうです。

 「昨今私に対しまして兎角(とかく)の風評が立ち、これがために教育界に悪い影響を及ぼしはしないかということは本当に腹の底から心配して全く私は明鏡止水(めいきょうしすい)の心持で居りまして善処したいと思います」

 「明鏡止水」とは、文字通りには、〈くもりのない鏡〉と〈波1つ立たない水〉のこと。〈すべてをありのままに受け入れられる、澄み切った心境〉のたとえとして使われる、中国の古典、『淮南子(えなんじ)』の一節に由来する四字熟語です。

 問題は、〈すべてをありのままに受け入れる〉というところ。本人としては、悪い評判も甘んじて受けて職務をまっとうするという意味合いだったようなのですが、世間はそれを、〈職を追われるのもしかたがない〉という意味だと受け取りました。かくして、新聞などで「鳩山大臣、辞意を表明」と書き立てられた結果、鳩山大臣は本当に辞職することになってしまったのでした。

 くもりのない鏡を覗き込むのは、自分の姿を隅々まできちんと見るためです。鏡が高価だった時代には、波1つ立たない水が、同じ目的で使われました。つまり、本来の「明鏡止水」は、自分自身の〈ありのままの姿〉を受け入れることを指すのでしょう。だとすれば、鳩山大臣の使い方も間違いではないですし、世間の捉え方もおかしいとは言えません。

 このように、四字熟語は深い内容を簡潔に表せるというメリットがある一方で、簡潔すぎて時には表す内容が曖昧になってしまうというデメリットもあるのです。私たちも、そのことには十分に気をつけないといけないでしょう。

 ちなみに、このときの贈収賄疑惑は、文部大臣の辞任だけでは収まらず、結局、内閣自体が総辞職に追い込まれてしまいました。ところが、後に行われた裁判では、訴えられた全員が無罪。倒閣のために作り上げられた疑惑だったと言われています。

 なお、この鳩山文部大臣とは、1954(昭和29)年に第52代内閣総理大臣となった、あの鳩山一郎その人。人生の荒波を乗り越えて、1959(昭和34)年に享年76で没しています。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「明鏡止水」を調べよう。

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。 また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。 ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

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Sunrising/ PIXTA(ピクスタ)

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