四字熟語根掘り葉掘り53:恋と理屈と「夏炉冬扇」
著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)
「夏炉冬扇(かろとうせん)」という四字熟語をご存じでしょうか? 文字通りには、〈夏の暖炉と冬のうちわ〉という意味。暑い夏には暖炉はいらないし、寒い冬にはうちわは不要。というわけで、〈時期に合わず、不必要なもの〉のたとえとして使われます。
この四字熟語は、紀元後1世紀の中国で書かれた、『論衡(ろんこう)』という思想書の1節に由来しています。そこでの暖炉やうちわは、君主に対する接し方のたとえ。君主がして欲しくないことしたり、聞きたくないことを言ったりするのは、夏に暖炉を進めたり冬にうちわを差し上げたりするようなもので、嫌われない方が不思議。君主の好みを考えて行動するのも才能のうちだ、というのです。
ただ、それは世間の常識。この書物の著者、王充(おうじゅう)は、これに反論します。夏に暖炉を使えば湿ったものを乾かすことができるし、冬にうちわを用いて火の勢いを強めることもできる。ものは使いようなのだから、君主の好みと合わずに嫌われたって、それはその人物の才能とは関係がない、と主張するのです。
実は、この王充という人、古代の中国にはめずらしいくらいの合理主義者。とにかく理屈でものを考えて、世間の常識や伝統的な価値観を批判しまくります。「夏炉冬扇」の元になった1節も、それがよく現れているといえましょう。
ただ、中国古典の世界には、また違ったうちわのイメージがあります。それは、「怨歌行(えんかこう)」という詩に由来するものです。
ある女性が、美しい白い絹で、満月のようなうちわを作りました。それで恋人の胸をあおぎ、涼しい風を送ってあげるのです。でも、そうしながら、彼女の心には一抹の不安が兆します。秋になって涼しくなったら、このうちわもしまいこまれて、顧みられなくなるのではないか……、と。
ここから、漢詩や漢文で「秋扇(しゅうせん)」といえば、〈恋人に捨てられた女性〉を象徴的に指すようになりました。
この「怨歌行」という詩は、紀元前1世紀に皇帝に仕えた女性、班婕妤(はんしょうよ)が作ったものだと伝えられていますが、実際には、紀元後1世紀ごろの作品だと考えられています。とすると、理屈屋の王充さんと同じころですね。
歴史上の同じ時期に、同じく〈夏が過ぎて使われなくなったうちわ〉を題材にしながらも、ある人は理屈をこねて「夏炉冬扇」という四字熟語を生み、ある人は恋を失う悲しみから「秋扇」ということばを生んだ、という次第。ことばの由来とは、ほんとうにおもしろいものですね。
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。 また、東京の学習院さくらアカデミー、NHK文化センター青山教室、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。 ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
≪記事画像≫
『晩笑堂画伝』より班婕妤像