漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ37 シンが強くても揺れるココロ

新聞漢字あれこれ37 シンが強くても揺れるココロ

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 「彼女はシンの強い人だ」。こういった場合、皆さんはシンに「心」と「芯」のどちらの漢字を当てますか。新聞では使い分けているはずなのですが……。

 この問いがクイズだったら、多くの人が「芯」と答えるのではないでしょうか。昨年12月に行った記事審査部ツイッターのアンケートでも「芯」と答えた人が圧倒的多数でした(アンケート結果はこちら)。多数の支持があったとしても、必ずしも正解とはいきません。新聞では「心」を表記基準としています。

 日本経済新聞社では『用語の手引』に「しん=心〔こころ、精神、本心、慣用の熟語〕心の強い人、心が疲れる、核心、鉄心、灯心、炉心」とあり、他社の用語集を見てもほぼ同じ説明がされていて、新聞としては「心」にするのがルールです。とはいえ「心」も「芯」もそれぞれ物事の中心を表す意味があり、国語辞典を見ても「心が強い」「芯が強い」と用例に両表記が見られます。こうして見ると、どちらか一方だけが「正解」というわけにはいかないようです。

 ではなぜ「芯」のほうが「心」よりも支持が多いのか。たとえば「心が強い人」では、「こころが強い人」なのか「しんが強い人」なのか、どちらに読んでいいのか分かりにくくなってしまうところに理由があるのかもしれません。新聞社の用語集には「心=こころと読まれるのを避けたいときは読み仮名を付ける」(記者ハンドブック)としているところも多いのですが、何も常用漢字の「心」に読み仮名を付けてまで使う必要があるのかといった考え方もあるかと思います。「心」よりも「訓読みで使われることはなく、音読み熟語にもほとんどならない、珍しい漢字」(漢字ときあかし辞典)である「芯」を使うほうが、簡潔で分かりやすいのでしょう。

 昨年10月に開催された共同通信社の加盟社校閲・用語責任者会議で、ある地方紙から「心に『しん』のルビを振るのに違和感がある。『芯が強い人』も認めたらどうか」という意見が出ました。辞書の多くが「心が強い」としていることもあり、表記変更にはなりませんでしたが、「心」と「芯」の使い分けに悩む社は少なくないようです。実際、私も記事の校閲中に何度も「芯が強い人」に出会ったことがあります。

 この連載の第8回で「からあげ」を取り上げ、「空揚げ」から「唐揚げ」へと表記基準が変わりつつあると紹介しました。〝正しさ〟から〝分かりやすさ〟へ「心が強い人」も「芯が強い人」に将来かわっていくことになるのでしょうか。今後も注視していきたいと思います。

≪参考資料≫

朝日新聞社用語幹事『朝日新聞の用語の手引〔改訂新版〕』朝日新聞出版、2019年
円満字二郎『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
共同通信社『記者ハンドブック 第13版 新聞用字用語集』共同通信社、2016年
産経新聞社『産経ハンドブック 平成24年版』産経新聞社、2012年
時事通信社『最新 用字用語ブック[第7版]』時事通信出版局、2016年
日本経済新聞社『NIKKEI用語の手引 2017年版』日本経済新聞社、2016年
毎日新聞社『2019年版 毎日新聞用語集』毎日新聞社、2019年
読売新聞社『読売新聞 用字用語の手引 第5版』中央公論新社、2017年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「心」を調べよう
漢字ペディアで「芯」を調べよう

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 著書などに『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林 第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

dorry / PIXTA(ピクスタ)

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