四字熟語根掘り葉掘り60:「不要不急」の判断基準

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)
新型コロナウイルスの猛威は、ついに緊急事態宣言が出されるまでになってしまいました。感染して苦しんでいらっしゃる方や、身近に感染者が出て不自由な生活を強いられていらっしゃる方には、心よりお見舞いを申し上げます。
さて、このウイルスをめぐっては、「クラスター」に始まり「ソーシャル・ディスタンシング」に至るまで、聞いただけでは理解の難しい専門用語が、多数、飛び交っています。こういったカタカナことばを批判して、漢字のことばにすべきだという意見をお持ちの方も、多いことでしょう。
漢字をメシの食い種にしている私としては、そういう意見には大賛成です。しかし、漢字のことば=わかりやすい表現なのかといえば、そうでもないように思われます。
たとえば、「不要不急」はどうでしょうか? 「不要不急の外出は自粛してください」という要請に接して、「何が不要不急で何がそうでないのか、よくわからない」と思った人は少なくないでしょう。
ただ、それは、〈必要ではなく、緊急でもない〉という意味そのものがわからないのとは、ちょっと違います。どういう基準で〈必要性〉や〈緊急性〉を判断すればいいかが、わからないのです。一般的に言って、わかりやすい表現を心がけるためには、わかりやすいことばを用いるだけではなく、話の文脈や背景をきちんと伝えるように心を配らないといけないのです。
ところで、明治末年から1943(昭和18)年までの経済関係の新聞記事をデジタル化して公開している、神戸大学附属図書館の新聞記事文庫というホームページがあります。そのページで「不要不急」を検索すると、最も古い使用例は、1918(大正7)年のもの。しかし、使用例が急激に増えるのは、1937(昭和12)年からです。
この年の7月7日、盧溝橋事件が勃発して、日中戦争が始まりました。「不要不急」とは、戦時体制が築き上げられていく中で定着していった、戦時色の濃い四字熟語だったのです。この時代の「不要不急」には、戦争遂行にとって必要かつ緊急であるかどうかという、明確な判断基準がありました。
振り返ってみますと、現在の政府がいう「不要不急」では、オリンピックだとか、経済活動へのダメージだとか、働く親への配慮だとか、さまざまな要素が絡み合ったために、判断基準があいまいになっていたような気がします。ここは、国民の健康をいかに守るかという明確な判断基準を改めて確認して、政府にはそれに忠実な政策を実行するようお願いし、私たちも、その心がけで行動するようにしたいものです。
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「不要」を調べよう
漢字ペディアで「不急」を調べよう
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≪著者紹介≫
円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。 また、東京の学習院さくらアカデミー、NHK文化センター青山教室、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。 最新刊、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)が2月21日に発売。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
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