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四字熟語根掘り葉掘り39:英雄への助言は「躡足附耳」で!
2019.06.24
「躡足附耳(じょうそくふじ)」。なんとまあ、むずかしそうな四字熟語でしょうか。実際に使ったところで、だれにも意味をわかってもらえないのがオチでしょう。
とはいえ、こういう難解な四字熟語も、その由来をたどってみると、おもしろいお話にめぐりあうことがあります。「躡足附耳」は、私にとって、そういう点でお気に入りの四字熟語の1つです。
紀元前202年のこと。中国大陸では、二人の英雄が覇権をかけて対峙していました。一人は、音に聞こえた勇猛な武将、「西楚(せいそ)の覇王」こと項羽(こうう)。もう一人は、言わずと知れた漢の王、劉邦(りゅうほう)。劉邦は、項羽の猛攻に防戦一方の苦しい状態を余儀なくされていました。
そんなとき、別働隊を任せていた韓信(かんしん)という武将から、劉邦のもとに1通の手紙が舞い込みます。開いてみると、首尾良く、斉(せい)という地方を平定したとの知らせ。ただ、それに続いて、「私を斉の仮の王に任命してください」と書いてありました。
それを読んだ劉邦は、わめきちらします。「わしは今、たいへんな苦境にあって、一刻も早く韓信が援軍として到着するのを待っておるのじゃ。なのに王になりたいとは、けしからん!」。このとき、劉邦の側近、張良(ちょうりょう)と陳平(ちんぺい)が、劉邦にあるアドバイスをするのですが、その様子を、司馬遷の歴史書『史記』では、次のように描き出しています。
張良・陳平、漢王の足を躡(ふ)み、因(よ)って耳に附(ふ)して曰わく、……。
「躡」は、〈靴をはく〉という意味もあるので、強く踏むのではなく、軽く足を載せるイメージ。「耳に附して」の方は、〈口を耳に近づけて〉という意味です。張良と陳平は、劉邦の足を自分の足でチョンと突いて、こっそり耳打ちをしたのです。
現代の社会にたとえるなら、劉邦は、一流企業のカリスマ創業者。そんな人物に対して、足でチョンチョンとできる部下がいたとしたら……。それこそ、上司冥利、部下冥利に尽きることでしょう。
さて、耳打ちの内容は、「我が軍は目下、形勢不利です。韓信を王にしてやって、自分から救援に駆けつけるように仕向けた方が、得策です」というもの。それを聞いた劉邦は、また怒鳴ります。「仮の王なんてしゃらくさい、正式な王にしてやるわ!」。
辞書によれば、「躡足附耳」とは、〈人目に付かないように助言をする〉とか、〈助言をするときには人目に付かないようにするのがいい〉という意味。ただ、辞書の記述には、まるで骨だけの料理のように、おいしい部分がごっそりそげ落ちていることがあるのです。
<参考リンク>
漢字ペディアで「躡足附耳」を調べてみよう
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<著者紹介>
円満字二郎(えんまんじ じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)など。 また、東京の学習院さくらアカデミー、名古屋の栄中日文化センターにて、社会人向けの漢字や四字熟語の講座を開催中。 ただ今、最新刊『四字熟語ときあかし辞典』(研究社)に加え、編著の『小学館 故事成語を知る辞典』が好評発売中!
<記事画像>筆者作成
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