四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り62:「真実一路」に著作権はあるか?

四字熟語根掘り葉掘り62:「真実一路」に著作権はあるか?

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 ゴールデン・ウィーク中に新聞を読んでいて、ちょっとなつかしい四字熟語に出会いました。「権威にひるまず、権力に盲従しない、真実一路の姿勢が全ての医療者に求められている」。山梨大学の学長、島田眞路(しまだ・しんじ)さんが、日本のPCR検査体制の不備に関しておっしゃったことばです。

 「真実一路」とは、〈正しいと信じる道をひたすらと突き進む〉こと。複雑さを増すばかりの現代社会では、こういう直球勝負のことばはめずらしくなってしまいました。

 ところで、「真実一路」と聞いて、昭和の小説家、山本有三を思い出す人は、今ではそんなに多くはないのかもしれません。

 山本有三というと、代表作は『路傍の石』。どんなに苦しい状況でも前を向いて生きていこう、と呼びかける名作です。『真実一路』は、そんな有三が1936(昭和11)年に発表した長編小説ですが、ちょっと趣が違います。

 物語は、ある家族4人の群像劇。父は途中で病没、離婚していた母は若い男と心中。年ごろの娘は、婚約者から突然、破談を申し渡され、小学生の息子は、盗みの疑いをかけられ、万引きに走って最後には留年してしまいます(小学生なのに!)。「真実」なんてどこにあるんだ、と深く考えさせられる作品です。

 この小説は発表当時から話題になり、翌年には同題の映画が公開。その主題歌も評判がよかったようで、後年、美空ひばりがカバーしています。そういうメディア・ミックス的な展開の中で、「真実一路」という四字熟語も市民権を得ていったのでしょう。

 山本有三が初めてこの四字熟語を使ったのは、1933(昭和8)年発表の『女の一生』という長編小説の中でのこと。その後、北原白秋が『白金之独楽』という詩集の中ですでに用いていると知り、本人に了解を求めた、という話が残っています。山本有三は当時としては著作権意識の高い作家だったので、「真実一路」という表現自体を1つの作品と見なしていたのかもしれません。

 その『白金之独楽』は、『女の一生』よりだいぶ早い、1914(大正3)年12月の刊行。ただ、それからわずか1年余り、翌々年の3月に発売された思想誌『新理想主義』にも、「真実一路」という名前の投稿欄があります。

 この雑誌の編集者が白秋ファンだった、とも考えられますが、「真実一路」の出所は白秋以外にもあるようにも思われます。そうだとすると、有三が白秋に使用許諾を求める必要なんて、そもそもなかったのかもしれませんね。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「真実一路」を調べよう

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

≪記事画像≫

東京都三鷹市、山本有三記念館(2008年10月30日、筆者撮影)

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