四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り63:「蓬頭垢面」に納得できなかった話

四字熟語根掘り葉掘り63:「蓬頭垢面」に納得できなかった話

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 新型コロナウイルスの流行による緊急事態宣言の間、理髪店や美容室に出かけるのを控えていた人も多いのではないでしょうか。私もその1人で、「そろそろ床屋さんに行きたいな……」と思ったのが、3月の初めごろ。以来、日に日にもさもさ度を増していく頭部となんとかうまく付き合うべく、かいのない努力を続けています。

 そんなある朝、顔を洗いながら鏡に映った自分の姿を眺めて、ある四字熟語がふと思い浮かびました。それは、「蓬頭垢面(ほうとうこうめん、ほうとうくめん)」です。

 「蓬」は、訓読みすれば「よもぎ」ですが、これは日本語独自の用法。もともとの中国語では、ヨモギとは別の植物を指しています。その草にはギザギザの葉っぱが生えていて、根っこからすぐに抜けては、輪のように絡まって転がっていくのだとか。

 その乱れたようすから、〈まとまりのない髪の毛〉のことを「蓬頭」と表現するのです。今、鏡に映っている私の頭は、まさにそれではありませんか!

 一方、「垢面」の方は、「垢」は「あか」と訓読みする漢字ですから、〈薄汚れた顔〉を表します。つまり、「蓬頭垢面」とは、〈髪の毛が伸び放題で、顔は垢まみれなようす〉を指す表現。「蓬髪(ほうはつ)」という熟語を用いて、「蓬髪垢面」ということもあります。

 とはいえ、私は今まさに顔を洗っているわけですから、「垢面」ではありません。何かもうちょっと、この姿にぴったりくる四字熟語がないものか……。

 そこで仕事部屋へ行って辞書を調べてみたところ、「弊衣蓬髪(へいいほうはつ)」という四字熟語が見つかりました。「弊衣」とは、〈ぼろぼろになった衣服〉。でも、ファッションセンスがないことは認めますが、私はそこまでひどい身なりはしていません! 誇りを持って却下です。

 ほかに、「蓬頭乱髪(ほうとうらんぱつ)」を載せている四字熟語辞典もありましたが、頭髪のことしか言っていない、あまり芸のない表現ですよね……。

 辞書には見あたらないので、今度は、私が日々の読書の中から記録し続けている四字熟語の用例集を当たってみました。すると、出てきたのが「蓬頭突鬢(ほうとうとつびん)」。髪の毛がぼうぼうな上に、もみあげまで飛び出してしまっている、というのです。

 この四字熟語が使われているのは、明治のジャーナリスト、坂崎紫瀾(さかざき・しらん)が1883(明治16)年に発表した、『汗血千里の駒』という坂本龍馬の伝記。その中で、「蓬頭突鬢」は、諸国を遊説して回る志士の描写として使われています。

 ほほう、なかなか悪くないなあ……。自分を幕末の志士になぞらえて、ちょっと悦に入ったという次第でした。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「蓬頭垢面」を調べよう
漢字ペディアで「敝衣蓬髪」を調べよう

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

≪記事画像≫

『汗血千里の馬』新聞連載時の挿絵より

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