四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り64:「欣喜雀躍」の秘められたユーモア

四字熟語根掘り葉掘り64:「欣喜雀躍」の秘められたユーモア

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 太平洋戦争の終結後、米軍の収容施設で捕虜として暮らす日本兵たち。もはや死の恐怖はなく、飢餓からも解放された彼らは、退屈しのぎに「演芸大会」を開催します。その素人芝居はなかなかの評判で、米兵たちも見物に訪れるほど。ある日、うわさを聞きつけたのか、別の場所に収容されていた日本人の従軍看護婦たちまでやってくることになりました。

 「大和撫子が向うから大挙して押し掛けてくるというのであるから、あに欣喜雀躍(きんきじゃくやく)せざるべけんやである。」

 以上は、大岡昇平『俘虜記(ふりょき)』の一場面。久しぶりに同胞の女性たちの姿を目にすることができる! と彼らが浮き立っているようすが、手に取るように伝わってきますよね。

 「欣喜雀躍」とは、〈小躍りして喜ぶ〉こと。ただ、この一節でもそうなのですが、私には、どこかユーモアを秘めた表現であるように感じられます。その理由は、「雀躍」にあります。

 「雀躍」の文字通りの意味は、〈スズメのように跳び上がる〉こと。ただ、「躍」は、「跳躍」「躍動」「躍進」「面目躍如」などと用いられるように、派手な勢いのよさが持ち前の漢字です。実際、〈まわりを威圧するほどの勢いを持っているようす〉を表す「竜驤虎躍(りゅうじょうこやく)」というむずかしい四字熟語もあるくらいで、勇ましい動物と結び付くのがお似合いなのです。

 ところが、「雀躍」の場合、「躍」と結び付いているのはスズメ。誰がどう見たって小鳥の代表選手ですよね。いくら勢いの良さを誇示したところで、所詮、かわいらしいもの。つまり、「雀躍」という熟語には、子どもが大人のまねをしてぶかぶかのスーツを着ているような、アンバランスなところがあるのです。

 「欣喜雀躍」では、そこに「欣喜」を取り合わせています。「欣」なんて漢字、みなさん、そんなに使いませんよね。「欣快に堪えない」とか「欣然と職務を遂行する」といった使い方はできますが、どちらもかなりお堅い表現。「欣喜」も同じであって、そんなお堅い熟語を「雀躍」と結びつけるというのは、ぶかぶかのスーツを着た子どもにシルクハットをかぶらせてステッキを持たせるようなもの。アンバランスさがさらに誇張されてしまうのです。

 かくして、「欣喜雀躍」は、大まじめだけれどもどこかアンバランスな、ユーモアを感じさせる表現となるわけです。でも、その雰囲気が〈小躍りして喜ぶ〉という意味と絶妙にマッチしているところが、この四字熟語の魅力。その魅力を生かせる場面で、使ってみたいものです。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「欣喜雀躍」を調べよう

≪おすすめ記事≫

四字熟語根掘り葉掘り41:「猫鼠同眠」とマジメすぎる官僚 はこちら
四字熟語根掘り葉掘り56:「閑雲孤鶴」はこの国にはおれぬ! はこちら

≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

≪記事画像≫

oiyan21/ PIXTA(ピクスタ)

記事を共有する